2003.5.25

グランシップまで畠山さんに会いに行く。
そしてカメラのレンズを頂いてしまったーありがたい。うう。
100mmの望遠と25mmの広角レンズ。
私は面倒臭がりなので(最近はっきりしてきた)
使いこなせるか疑問だが、頑張っていろいろ撮ってみようと思う。
100mmのがとてもいい感じな気がするのだけど
・・・私には少し重たいのう・・・
写真の前に体力だろうか?
前一日持って歩いていたら後の二日三日あばらが痛くて
息するたびに痛かったからたぶんまたヒビでも入ったのだろう。
だから危険なり・・・・ああ。

そしてトレインフェスタというイベントを見る。
畠山さんもブースがあって展示していた。
「動く」って面白いなあ。
あのトレインが列車でなくて何かおもしろいオブジェみたいので
部屋中に敷き詰めた線路のようなものの上をぐるぐる動いていたら面白いなー
などと思ったりする。
そして子供がすんごい多くて驚く。「動く」ってやっぱり面白いんだな。
小さい男の子が東静岡駅の方を見て「東海道線だ!」
す、すげえ〜。何で見ただけで分かる??

グランシップを上から下までこのイベントで使っていた。
しかも主催がグランシップ側だから借りるのはただなのだそうだ。
グランシップも利用者が少ないらしく、展示をやって欲しいそうなのだが。
・・・それにしても利用料がまだまだ高いと思うんだけど・・・
結局どこの「箱もの」も同じになってしまうのかなー
使い方次第ですごいいい展示場になると思うんだけどな、グランシップ。
今日の展示も入場無料だからこれだけ来てくれるんですよ、と畠山さんが言っていた。
人を集めるってすごい力がいることだから、
それを静岡でやるとなるとまたいろいろ大変なのだろうな。


2003.5.24

プリンタがぶっこわれた・・・・
Tシャツ作りばっちり失敗したわ・・・
去年のプリントのやつはペンの細かさが出ていいんだけど
洗濯に耐えられないという欠点があってとても後悔したので
今度はそれがないように、いろいろ試したのだけども。
布に描くということの大変さを思い出したわ・・・
昔と言っても三年くらい前に10メートルくらい描いて
無理したら熱が下がらなくなって入院したっけなー
そんなことを思いながら作ったんだけど
布描き用のペンもなかなかいいんだけど
すぐにインクが出なくなってペン先にけばけばが付く!があ!!
くそう!と勢いよくペンをふったらべちょって・・・・付いた。
あー失敗だーお金ないのに何やってんの自分!!
失敗作は自前になるので私は成功したいいやつは実は着ることがほとんどない。
家は昔みかんをやってて家では売り物にならないものが腐る程あるから
それを食べることになるのといっしょね。
ポストカードもこれじゃあ作れないし・・・・
前途多難だわ・・・
どうするべー


  季節の変わり目なので動物達の毛がものすごい抜けまくっている。
モカの毛なんてクッションできるんじゃないかというくらい抜ける。

昔病気ですんごい毛が抜けた時期があって
本当にこれはかつらかもしれない・・・と考えたくらい抜けて。
その時入院してた時の掃除のおばちゃんが
「抜けるね?あんた癌?」みたいにうんざりオーラを出しながら掃除に来たのね。
次の日からそのおばちゃんが来る前に自分で床もベットも毛が落ちてないように
毎日毎日落ちた毛を拾った。
きっと私は怒りに満ち満ちていたし、
涙も満ち満ちていたんだろう。
どっちも極端すぎて表れない。
私は毎日どうしていいか分からなくて
いつものようにへらへらしていた。
でも泣いていたし怒っていたよ。
その怒りや涙の原因が分からないくらいに。
理由なんかつけられないくらいにね。
私はきっとそういうやつなのだ。


2003.5.22

絵を描いていたな・・・
本ちょっと読んだな・・・
猫と遊んだな・・・


たくさんのことを望む。
いっぱい欲しい。
あれもこれも。
自分を愛してないのに他を愛せるわけがない。
やっとその意味がわかったような。
死んでも絵がかけるような気がしてた。
永遠に続くのかと思っていた。
でも私には時間が流れていて
身体が朽ちてゆくのは誰にも止められない。
わかりそうで実はわかりにくい。
私は何度も死にそうになったのにまだ気が付けない。
何を信じていたのだろう?
今でも信じているあの光りは一体何だろう?
私がいなくなっても消えないと思えるのはどうしてだろう?
作品ではない、つくり出すことでもない。
それはたぶん言葉にできない。
「生きること」
誰も説明できない。
でもそこにあること。
大切なものが変わっていく。
ずっと変わらないと思っていたものは
何だったのだろう?
ずっとずっと分かって欲しかったし、必要として欲しかったし、
愛して欲しかった。
私は愛して欲しい。
でもそんなことは言ってはいけない。
望んではいけない。
欲しい欲しい欲しい。
自分がいるのに。
自分はどんなにだって自分を愛せるのに。
許せるのに。
それはとてつもなく簡単であって
みんなできないくらいに難しい。
もういい。
諦めた。
そしてたくさん認めた。
私は私を認めた。
少し前の私なら「それは無理」と言うだろう。
「何を臭いことを言っているの?」と言うだろう。
「だめだ。それではだめだ。自分意外に分かってもらわなければ意味がない」と言うだろう。
「自分の愛では不安だ」と言うだろう。
「私は誰よりも私を裏切る」と言うだろう。

でももおいいんだ。
私は私にしかなれなかった。
どうあがいてももがいてもなげいても
頑張ってみたけど変わらなかったよ。
何になりたかったんだろう??
私は小さく、とても弱い。
頑固だし、意地悪だし、馬鹿正直だし、
病気だし、歩けないし、わがままだし、
きっとこれからもどうしようもないことを
たくさんたくさんするだろう。
人もたくさん傷つけるかもしれない。
口にしてはいけないことを口にするかもしれない。
明日はないかもしれない。
でももおいい。
私の力で動かせないことを動かそうとしていたね。
私でない誰かになれるような気がしていたね。
もっと大きな世界と繋がれるかもしれないと思っていたね。
他人から愛されれば救われると思っていたね。
どんなにどんなになにをしても誰とも同じ存在にはなれないのにね。
見えないものたちがいつか話し掛けてくれるのだと思っていたね。

どう思われてもいいや。
疲れたね、すごく。
10年もかかったね。
戻ってくるのに。
やっともう一度気が付いたんだね。
よかったね、まだ生きているよ。
バイバイ
私の中のすべてでない私。
バイバイ


2003.5.21

部屋の掃除をして、絵を描いて、夕飯を作って、図書館に行ってきた。
兄が会社を辞めることを親に言ったら
母はこの世の終わりのような顔になった。
モカちゃんのお見合いの話しが出たけど断った。
妹が初めてのアシスタントで胃から血を流しながら帰ってきた。
戦争のテレビを見たら怖くなってしまった。どうしよう。
やっと布用絵の具が届いた。
おまけの染め粉も付いていた。
新しいパンツを買った。やはり綿でしょ。

男の人ってすごい繊細な部分があるよな。
女の人って強いよな。したたかだしな。
私は一応身体は雌だし、普段は女々し女々しい。
だけど創作に向かっている時は男な感じ。
それはたぶん「切り捨て」というものが出来てしまう時だと思う。
御飯食べなくていいし、トイレもめんどくさいし・・・
人と会わなくてもいいし、喋らなくてもいいし・・・
それよりもこれがやりたいんだ!というか。
自分の中のぷよぷよな傷付きやすいところをさらけ出す感じ。
女の人ってそういうところなかなか見せないもん。
女ってたぶんイコール母なんだな、私の中で。
腹が減ったら御飯!尿意を催したらトイレ!まずそっち。
それが健全なんだし、当り前なんだろうな。本当は。

中国の医者は「体調はどうですか?」と同じくらい
「水分取ってますか?」って聞くんだって。
人間の7割りが水分だと思えばそれを新しく補給しいくのは当り前なのだけど。
私は意識しないと水分取らないので、最近はがばがば飲むようにしている。
そして何度もトイレに行く。
家の新茶を飲むのだー。カテキン摂取。


2003.5.20

今日からまた漢方を飲みはじめる。
どうなることやら分からないがとりあえず試してみよう。
シメマコグって何だ??

文ちゃんのプレゼントがやっと出来たので
渡しに行く。
そしたら夜電話がかかってきた。
とても喜んでくれた様子。
ただとてーも機能性のないTシャツになってしまった。
刺繍だらけで、綿も入ってて洗濯出来ないがな・・・
でも喜んでくれていたようなのですべてよしと。
時間かかったなー。
でもよいのが出来たので自分でも満足なりけり。

うちの妹さんが昨日から漫画家さんのアシスタントに入った。
「烈火の炎」描いてる人のところ。
すごいよーげろげろらしい・・・・心配なり・・・
画力はあるから大丈夫だと思うが、胃が弱いからねえ。
頑張れよーおいらも頑張るに・・・・適度に・・・


2003.5.19

17日に東京へ行って、渋谷でやってるDの展示を見て漫画を買う。
おっしゃれ−なカフェでオブジェのようなこれまたおっしゃれーな御飯を食べた。
(妹と二人でどきどきもきもき・・・してるのを悟られないように必死)
妹が発散させたいものがあるからカラオケに行きたいというので行く。
妹が本屋にも行きたいというので行く。
どこに本屋があるかわからなく、入った本屋がコスプレ用の服とかセル画とかまで売っていた。
そして店員さんも何かのコスプレをしていた。
松本大洋と山田花子の本を買ってしまう。
妹の寮に許可をもらって泊まらせてもらう。
寮に着いた時にはもう疲れきっていて一刻も早く寝たい・・・
風呂に入ったら若い女子の裸体があってびっくりした。
(共同風呂だから当り前なんだけど。じろじろみちゃういけない私。
「おしりってエロいなー」と一人感心)
二人で寝るのだが、私が疲れすぎていてごろんごろん動くので妹が耐えかねて床で寝る。

18日、朝7時起床。急いで支度をしてGEISAI大学に向かう。
今回は原宿の公民館を借りて、講師はMAYAMAXX。
相変わらずかっちょええ人だった。
始めはMAYAMAXXのライブペインティングから。
対話をしながら絵を描くという試み。
「えー絵を描くのが好きなんです。他のことには何も興味がないんです。」
と始めからすごい気持ちのよい言い切りの言葉で始まった。
今回のテーマは『幼少の頃の記憶』
「大事にしていた黒猫の縫いぐるみ」「迎えに来て欲しかった暖かい車」
「日なたに干した時の布団に乗った時」の三枚を描きながらそれにまつわるエピソードを
みんなで話し合っていく。
途中から参加者が各々持ってきた作品の講評。
講評は苦手といいながらもすごく的確なことをずばりと言っていくMAYAMAXX。
全員だし終わる前に時間が来てしまって「切り上げか?」と思うが、急遽場所変え。
近くにあった神社で寺子屋のように外で講評。
私は今回は講評というよいりもMAYAMAXXに会いたかっただけなので
またむこうもそれを分かっていてくれたようだったのが嬉しかった。
そして最後にまだ未発表の新作を見せてくれた。
・・・・・すごい、いい・・・・
秋の個展に出すんだって。これは行かねば。。。

そして終わったのが午後二時。
これから水町さんの展示を見にいくのだということを絵未さんに言ったら
途中まで一緒に行こうということで駅に向かう。
「私東京っこだからまかせて」と言ってまかせたら
山の手線を反対方向にばっちり乗り込む。
そして東京から小田原まで行ってそこから電車で行くよりも
小田急線?というやつがあるらしく(というか葉書にそう描いてあるじゃん)
それでは新宿に戻らなくてはならないということで中央線で戻る。
絵未さんがあまりに私が頼り無く見えたらしく新宿まで送ると言ってついて来てくれた。
「ロマンスカー」(すごい名前だ)というやつで行くことにする。
発車の時間までトイレに行ったり昼御飯(もう四時近くなんだけど)を買ったりする。
「ここすぐ近くに世界堂がある」と絵未さんが言う。
「すごい行きたい!でも今日は行けない・・あうあう」
無事に富水駅まで着く。
水町さんがお迎えに来てくれている。ひさしぶりだー嬉しい嬉しい。
展示場に着いたのはもう閉館の10分前とかだったけれど
オーナーさん(ビオラニスト!これまた素敵な方!)が見させてくれる。
作品も好きな感じのものが多かった。
またこの建物自体がとーても素敵!私の好みにビビビっときましたよー。
おもちゃがそのまま大きくなったような?とにかく好きな感じ。
一人で「ぅわー」とか「ぅおー」とか言う。
水町さんが持ってきたクズきり餅と美味しい不思議な味のお茶。
それから初めて白いちじく(ミニチュアみたい)と手作りヨーグルト(菌食ってるって感じ)まで頂く
いろいろ音楽の世界のことも聞いて
水町さんの夏に行う展示の話しも聞いたりして時間が過ぎる。
そして7時半ころにギャラリーを出る。
電車が来てしまったので慌ただしく別れる。

電車で小田原まで行って、電車がなくて
とりあえず熱海まで行ってみようと思って行ったら
やっぱり電車がなくて、四十分近く駅で待つ。さ、寒い・・・
電車が来たと思ったらクーラーがかかっていてさ、寒い・・・
十一時ころ?無事に駅に着いて、迎えの車で帰る。

すぐ寝る。

19日。一日縫い物をしていた。
胸がとても痛いのだが、骨にまたヒビでも入ったのだろうか?
カメラが重すぎるのかな・・・
夜はバイト。
そして今に至る。


2003.5.16

GESAI-4の入金やら、買い物やらいろいろしてきた。
そしたらとたんに足痛いよ・・・
今週末は東京に行く予定なのに。うう。
どたんばでゲイサイ大学受けることにした。
大学っていうかMAYAMAXXに会いた〜い。好き好き。
という不純?な理由なのだが・・・

家に帰って来たら布描き用絵の具が届いていて
「やったーこれで仕事ができる〜」と思って包みを開いたら
黒を注文したのに黄色が入っていた・・・
振ってみてもやはり黄色かった・・・
ああ!!もう!!


2003.5.15

や、やっと新作一枚完成だ・・・
でも今日は描いている途中に0.25mmのペンの先がぽき「あ」って折れた。
しくしく・・・しかもこのペン一本二千円くらいするのよ・・・
でもあれだけの筆圧だからしかたないかな。
画用紙とかごりごり削ってしまうしな。手はつる寸前だし。
家族が絵を見た感想。
兄「・・・んー・・・・また・・・が、頑張ったね・・」
母「何これ?心臓痛いの?」
父「(無言というか絵見ないし)」

先程兄と言っていたのだが大きな机が欲しいなーということ。
大きな絵はベットを机変わりに描いていたら足が死んだので
今は無理矢理机に乗っけて描いているのだか、
周囲のものをパネルが蹴散らし?ながら描くことになる。
いろんなものが机から落ちる音が聞こえる・・・が大抵無視。
今は絵を描こうとしているTシャツやら、布やらカメラやら
整理しようとしている雑誌やら描かれるのを待っているパネルやら
新聞紙やファイルにつまった作品達やらでごちゃごちゃしてる。
ずーっと仕事場にいるようなものだから(そこで寝てるしな)
休まる時ってあんまりないなー。
でも外に行っても必ずどこかで作品とか展示のことを考えいるから
これはもう仕事っていうよりもやっぱり生き方なのかな。

友達の誕生日プレゼントの服が糸が足りなくてできない!
明日買いに行かないと。

妹は色々あるが、それでも着実に目標に向かって進んでいる。
私も見習おう。


2003.5.14

午前中は絵を描いて、手がビクビクしたので時計を見たら午後になっていて
これは限界?と思ってひとまず休憩。
漫画本がまだできなくて、表紙にしようと思って昨日和紙を裏打ちしたのが大失敗でへこむ。
やはり100均の和紙ではだめか・・・

こちょこちょやっているうちに夕方になってきたので
今日も夕飯を作る。
献立はきのこカレーとトマトのマリネという予定だったのだけど
茹でられてあまりみんなから食べようとされないそら豆君達が目に入ってしまい
裏ごししてスープも作る。
美味しくできた!素晴〜らしい。

そして今友達の誕生日プレゼントを懸命に作っている最中。
でもそろそろお風呂に入ろうかな・・・・


2003.5.13

絵を描いて、ちょっと昼寝をして漫画を本にしてみる。
パソコンの文字がどうしてもかくかくしてしまうのだが・・
アンチエアリアス?かかってるんだけどなーわからん。
本読んでも・・・載ってないぞ。
集中できなくなってきたので夕飯を作る。
トマトスープと手羽先焼いたの。

憎しみとかって人と接していると出て来たりするのだろうけど
優しさも人と接しないと出てきにくいと思ったりする。

一人でずっと描けばいいのだろうけれど
そうしたい自分もいるけれど。


2003.5.12

近所のおばあさんが勝手に家に上がってくる。
このおばあさんには少し知恵おくれの息子(と言っても私の父と同じ年)がいて
一日朝から晩までずーっと毎日毎日一緒にいるんだ。
片時も離れないんだ。
勝手に上がってきてそのおばあさんが家で喋っていると、
一人にされた息子が狂ったように私の部屋の窓ガラスを叩いてそのおばあさんを大声で呼ぶ。
私は恐ろしくなって締め上げられる胃を抱えながら身動き出来ずに部屋にいるんだ。
「あのおばあさんが死んでしまったら一体あの息子はどうなってしまうんだろう?」
みんな想っているけど誰も言わない。
そして私はその二人の関係生について、愛について考えなくてもいいことを考えたりする。
今日もあの二人は我家の前に車を止めて二人でずっと一緒にいる。

これまた近所のおばあさんで盗み癖のある人がいる。
何度も警察沙汰になっているのでみんな知っている。
このおばあさんには友達が一人もいない。
一緒に住んでいる息子はそのことで結婚がだめになった。
でも我家には犬を連れて遊びにやってくる。
うちのおばあちゃんもこのおばあさんが盗むことがとても嫌いだ。
家の野菜も取られたことがある。
でもじいちゃんがうちのばあちゃんに生前言っていたんだ。
「あの人は他には誰も相手にしてやる人がいない。だからお前だけは相手をしてやれよ。」
それをじいちゃんが死んだ今でもばあちゃんは守っている。
盗み癖のあるおばあさんと一緒に旅行にも行くが
見張っていないと同じ部屋の人の財布からお金を取る(現行犯で一回見られた)ので
うちのばあちゃんがずっと見張っていなくてはならない。
だから何にも楽しくないし、ものすごく疲れてしまう。
というような話しを小一時間うちのおばあちゃんは私に話す。何度も。
そして私はこの盗むおばあさんはいつからこういうことをしなくてはいられなくなったのか。
それが自分でも治したいけれど治らない病気のようなものだったら
どんなに辛いだろうか。
じいちゃんはまだこの二人のばあちゃん達のことをどこかで見ているだろうか?
と考えなくてもいいことを考えてしまったりする。

聞きたくもない他人の話しが嫌でも耳に入ってくるのは田舎だからだろうか?
人というものが集まると、自然と話しというものはそういうものになっていくのだろうか?
私も知らぬ間にそういうことばかりを口にしているのかもしれない・・・
時々とても・・・疲れる・・・


2003.5.11

五月の空気は緑色をしていると思う。
眠っていた植物たちの芽が一斉に芽吹き
その振動や、鼓動が世界を包んでいるような
そんなリズムや音が聞こえる 気がする。
どうも落ち着かない。
むせ返るような緑。目に痛いような緑。
光りに照らされると眩しい。
きっと光りを喜んでいる聞こえない声でこんなにうるさいのだろう。

木から見たら私が生を受けて生まれて死んでいく間などほんの一瞬の事にすぎない。
植物は動かず食べずゴミも出さずに、ただそこに、生きている。
それがすべて。
私は山の子だから、いつも近くに自然はあったし、今も存在はしているのだけど
私の中にはいつからなくなってしまったのだろう?
「自然を愛そう」とか「自然に癒されて」とか私にはどうも分からない。
あれ程グロテスクで生々しいく力強いものもないのではないかと思うくらいだ。
花は強烈にエロチックだ。
昔からそうだった。
空が見えないくらいのうっそうと繁った森の中での遠足。
植物の全身での呼吸たちは私の小さな肺呼吸の音などかき消す。
私にはとても濃い空気。
根から水分を吸い上げる力、葉や枝を伸ばして軋む音、光をうけて養分を作る熱
ああ、何という力の渦に私はいるのだろう・・・ぐるぐるする。
今は言葉に出来るようになってしまったけれど
その当時は言葉もあまり知らなくて、きっと「何か感じなければ」なんて考えてなかったので
ひたすら感じていた。
葉脈というものが通っていることも知らなかったが「何かが通っている」のは感じる。
「それがそこにある」のを感じる。
全身が感度のよいセンサーになっていたのだと今いろいろ知ってしまって分かる。
そしてその頃からうっすらと思ったりするのだ

『どうして私は植物ではないのだろう』

小さな小さな自分の世界に住んでいる身体も心も若い時期というのを終えて
それよりももう少し広い「他者」とか「社会」とかがある世界を人は知っていく。
その中で生きていかねばならない と思うようになる。
そしてそれはいつしか
その中でしか生きられない と思うようになっていく。

私は自分が生物的に「雌」になっていくことが分からなくて
その頃から身体の調子が悪くなり、心とのバランスも崩れていった。
それに全く気がつかなかった。
「人間関係」とか「妬んだり羨んだり嫉妬したりないものねだりしたり」
そんなことはくだらない、してはいけない、とても嫌悪するものだ。
と思いながら同じことをしている、してしまうとても「人間」な自分が
きっと一番嫌いだった。
嫌悪するエネルギーは最終的にすべて濃厚になってから自分に向けられた。

私はぐれなかったし、ひきこもらなかったし、手首を切って血を流すこともなかった。
本当はそうした方が楽だったのだと今は思うけれど
当時はそれすら分からない程、私のどこかから「何か」が流れ出てしまっていた。
真っ赤な血をどくどくと流し過ぎたように
私の頭も身体も「何も感じない」ように強く麻痺してしまった。
麻痺しているから痛いのが分からない。
辛いのが分からない。
痛いところへ、辛いところへずんずんと突き進む。
そうしないと「生きていない」気がしていたのかもしれない。
私にもそれは分からない。今になってもわからない。
何が辛いのか何をしたいのかどうなりたいのか何か嫌いなのか
いつまで続くのかずっとここにいるのか私はどうして人間なのか・・・
いろんなことわからなすぎてまわってまわって熱く熱く熱を持っていって
その異常に熱い熱の中に私という器をずっと入れていたら
熱が下がらなくなってしまった。
そして私はいつの間にか治らないとされる病気になってしまっていた。

人間の身体というものは土から離れている。
動くことが出来る分、自分で食べ物を摂取して排せつするという
エネルギー循環をしなくては生きていけない。
この国では「存在」するだけでお金というものががかかったりする。
様々なことに悩み、考え、憎み、そして愛したりして日々を過ごしている。
いろんな物を使い、作り、捨てて、産んで日々を過ごしている。
生まれて、学んで、子孫を残したりして、そして必ず死んでゆく。
そのサイクルは植物から見たらとてつもなく早すぎて
きっと認識すらできないだろう。
「ん?」という間に消える光のようなものに見えるかもしれない。

植物は土から離れられない、動くこともない。
土から吸収して、日光で光合成して、成長していく
誰にもせかされず、誰とも比べられず、自分自身を比べることもない。
ただ生きている。
悩むこともなければ、喜ぶことも、愛することもない。(かもしれない)
私は植物ではないのできっとずっとわからない。
本当は植物同士で会話しているのかもしれない。
植物同士だけではなく、人間だけが失ってしまった言語があって
海も、山も、木々も他の動物もきっと言葉でない会話をしているのかもしれない。
それがわかればこの地球という大きな生命体とも「繋がる」ことが出来るのかもしれない。
もう実は繋がっているのかもしれない。ずっとずっと昔から。
それは分からない。
なぜなら私は人間だからだ。
悩み、惑い、苦しみ、愛おしんだりする、汚く清らかな人間なのだ。
私は木にはなれない。

ただ、植木鉢に話し掛けながら接したらきれいな花が咲いた、そういう力を私は無条件に信じている。

歩けなくなっていく程に様々な生物の「生」ももっとリアルになっていく。
一つ一つの存在が強い。
自由がきかない分植物に近付いたからだろうか?
とても皮肉なようできっと当たり前のこと。
失わなければ、新しいものは入ってこれないのかもしれない。器の大きさは変えられない。
もしかしたらリアルに感じるのもただの気のせいかもしれない。
「生命」に私は生で接していないから。
人間の持って生まれてしまったこの馬鹿にでかい脳味噌で考えているだけかもしれない。
音を無くしたら触感が冴えるように
光りを無くしたら音が冴えるように
何かを失えば、何かが分かるかもしれない。
それはいわゆる「人間」的ではなくなっていくことかもしれない。
もしも私はそれを望んでいるのなら
それもいいかもしれないなと今は思う。

でも私の身体は薬で生きているから、飲まなくなればすぐに生命活動をしなくなる。
自然に近付きたいような心持ちのする中で
人の手で作った、科学物質の固まり(正確に言うと体内で作られるホルモンと同じ成分を固めたものだが)
がないと明日さえ迎えられない、という矛盾。
生というものに必死でしがみついているがめつい自分。
とても「人間」な自分。怒りにも似た生きどうり。
このどうしようもない感覚に私はいつもものすごい強い力で引き裂かれているようだ。

絵を描く時は、きっと何かをすり減らしている。
絵を描いている時、私は叫んでいるし、唄っているし、聞こえているし、見えているし
超自我であって、みんなであって、細胞であって、人間であって、世界であって・・・
とにかく「出して」いる。
うまく出ない時はまだ「私」な時だ。
その出しているものが何なのか、最近これが
「祈り」
なのかななどと思ったりする。
祈りってよく分からないけれど、仏壇の前で手をあわせるのとは違った
もっと生命の根本的なものに通じる何か、橋渡しなのか、繋ぐ一本の光りなのか・・・
きっといいえるものがない。
だから絶対に必要でそしてなくてもいいのだ。
そして私はそのわけのわからない何かを必死に想いながら
ひたすら描いて祈っているのだろう。

それが「私」という「人間」なのだろう。


2003.5.9

ひまわり君の絵本を作ったわけさ。
ミニ本で可愛いんだ。
すごいんだよ、製本全部自分でやったわ。
紙にも目とかあることとかから知っていったわ。
花布とかまで自分で作ったわ。
布も初めて裏打ちをしたわ。
一枚一枚半紙で張り付けていったわ。
しかもハードカバーで(ハンプ)とか使ってちょっとゴージャス。
販売しようかと思っていたのだが・・・・ちと大変すぎるな、こりゃ・・・
丸二日こればかりやってやっと一冊かあ。
でも一回作ってみたら失敗したとことか次から直せるしね。
そんなに嫌いでない作業なので作るのはいいんだけど。
他のことができなくなるのは困るなー。
時間を作って腕をあげることからかな。

最近まわりが「忙しい」ようだ。
私は忙しくして元気出してる感じなのだけども。
たえちとか週五日の仕事のうち二日徹夜、三日終電(東京)とか言ってるよ。
夜の12時から出勤ってどういうことよ?
すごいなー私身体がもたないよ。
今日もちょっと寝不足なだけでぼおっとしてしまってかえって高率が悪かったりするし。
気力で持たせるのには限度があるし。
少し忙しくなるとすぐ食事とかいい加減になってくるし。
「余裕」って大事なのに。
ああ、いけない。忘れるとこだったわ。


2003.5.8

プリンタの調子が悪い。
ポストカードがうまくできなくていらいらする!
後ろが汚れてしまうのだー何故だー?
掃除してみるが直らないし
絵本作ってるけどこちらもなんだか危うい様子・・・
のり貼る順序を間違ってる??
そんなこんなしているうちにTシャツも来たわ。
読みたい本も山積みだけども、それより作ってるのが気になって集中して読めんし。

あープリンタ誰か直してくれー

昨日の夕飯は茶葉のテンプラだったなあ。旨かった。

猫の調子が悪くておしっこがあんまり出てないので病院へ連れて行く。
尿道に管を入れてぐちゅぐちゅ検査されたらしい。
私も入れたことあるが(しかも美人の看護師さんに)あれはかなり厳しい。
雄だからもっと大変そうだなあ。よちよち。
獣医ってきっと動物に元気になって欲しくて検査したり、注射打ったりしてるのに
動物は何でそんなことするのか分からないわけだから
感謝とかされないでひたすら「ぁにすんだコノヤロー!」とか思われて。
切ない職業だなあ・・・


2003.5.7

今日はいろいろ買い出しに行く。
布屋に行って100均、文房具屋、図書館で資料集めて。
(図書館の新書に村上さんとビートたけしの対談のがあったので借りてくる。
おこがましいのだけど北野剛の絵を見たときに、自分の絵がカラーになったら
きっとこんな感じになるなあと思った。色とか。たぶん・・・。)
材料ばかりが部屋に溢れてしまって、これからつくり出す。
ちょっとわくわく。
一気にやらずにこつこついこう・・・


2003.5.6

何か始めないと本当にだめになってしまいそうだったし
新しいことをやりたくてネットショップとかどうよと思い立つ。
そして準備を始めるのだけども・・・
パソコンとずっとにらめっこしてると気持ち悪くなってくる・・
げぇげぇなりながら休憩もしつつポストカードのデータなんぞをいじるのだが
どうしても印刷が濃くなってしまう。
これはこれでいい感じだけども・・・ 以前と同じデータでやってるのに何故に??
いろいろ原因を考えて変えてやってみるけどやはり変わり無し。
うーーーーん・・・考えても分からないなー
インクを変えたからだとしたらどうしようもないな。

他にTシャツ今年は手作りしようかなとか絵本もいいなとか
漫画もいいねえ、本って自分で作れる??とか考えは出てくるのだけど。
先立つ資金が必要なんだなー。がんばらんとなあ。
絵は描いているんだけどね。
まあ無理せず(これが難しい)楽しもう。


2003.5.5

妹が帰ってきて感じたんだけど、
例えば妹は勉強をして目標を叶える為に家を出て東京で一人暮らしをして
そしてこの家から出て行った訳だけれど
それは私の頭で分かっていることであって
何かを「喪失する」というものはそれがどういう理由で意味付けされたって
人間にはきついものなのだなーとしみじみ思った。
妹は新しい環境を楽しんでいるし、それはきらきらしてて
目標もあって、結構成果も出たりして
ここにいる理由の方が考えるの難しかったりするのだけれど。
そこにあったものが なくなってしまう ということは
それが何であれ、どう理由があれ「喪失感」をつれてくるのかな。
よくわからないけれどそれはきっと穴だから
何か他のもので埋めたり、吹いてくる風をふらふら嗅いで寒くなったり
どうにかこうにかやり過ごすのだろうか。


2003.5.4

昨日妹を駅まで送っていって思ったんだけど
今ってすごく気持ちがいい季節なんだな。
ゴールデンウィーク(ってすごい名前だよね)はいつもお茶で出掛けたことないのだけど。
出掛けたくなる人の気持ちがよく分かった。
家にいたらもったいないねえ。きらきらしててさ。空気が。
まあ、でも家にいるんだけど。
一気に日本全体の会社とかを休みにするんでなくてさ
もっと小分けにしてくれればいろんな所が混まないのにねえ。
と、家の前の道路がずーっと混み混みなのでいつも思うのでした。

今日はいい天気でお出かけ日和なのに
何をしていたかと言えば、絵描いて、御飯食べて兄の部屋でごろごろしていたら
眠くなってきて、そしたら妹が「入れてくれ」って布団に入って来たので
一緒に昼寝してたな。ぐうぐう寝てしまって、そしたら夕方になってて、一日終わってしまったよ。
明日は何するかなー。


2003.5.2

いづみと一緒に手作りキャンドル体験というものをやりに匠宿に行ってくる。
どんなものかと思っていたら、白い土台の蝋燭の上に
手の温度くらいで柔らかくなる溶点の低い蝋燭を好きな形にしてくっつけるというものだった。
白い石鹸のような円柱の形が気に入らなかったので、「この白いのの形は変えてもいいですか?」
と聞いたらナイフと彫刻刀を貸してくれた。
ので円柱の上の角を丸くなるように削る。
全体に溝を彫ってそのなかに緑色のロウを埋めていく。
それだけではたりなくてぶつぶつを「じんましん・・」とぽそりと言いながらつけていく。
それでも空いてしまった部分は渦巻きで埋める埋める。
何でも結構そうなのだけど、私の作るものは最後の最後までどうなるか分からない。
それは私自身がいつも手探りだからだろう。
途中で嫌になることも本当は多いのだが我慢して最後までやるとだいたい成功したりする。
完成してまわり全体をもう一度ロウに浸してコーティングする。
なかなかいい出来になった。

いづみがお昼を(奮発して二人で海老フライ)食べている時に
「ねーねー今日のことも日記に書くの?あたしのことも書いてよ。」
と言った。ちゃんと書いたぞ。

家に帰って兄に出来たのを見せたら「おまえっぽね」だとさ。



2003.5.1

大丈夫
私が心配しなくても
みんなよろしくやってるわ