2004.1.30
面倒臭がりじゃないようなことを書いたような気がするけど
そんなことはない。
私は面倒で仕方ないのにその面倒なことをやろうと思ってしまうようだ。
絵の具を混ぜたり、筆を洗ったりするのが大変だから
ペン画がいいというのもある。
蓋を取って、描いて、すぐに止められる。
シルクスクリーンとかは一枚印刷したら版を軽く洗って
またしっかり乾かしてからでないと次へいけない。
ちょっと考えれば常識でわかりそうなもんだけど
やってみて初めて分かることばかりだ。何でもそうだけど。
風邪薬で眠いとよけいにいろいろめんどっちいなあ。
バックとか作るにも、しっかり下縫いとかちくちくやってさ。
やり始めて「あーもう、大変だあ」と思ったりする。
絵は楽だなあと思う。
肉体的にはどちらも同じように疲れるんだけれども
絵は「自分の描きたいように」できてゆくから苦にならない。
布とか扱ったり、パソコンを使ったりすると
自分がやりたいことがあるのに、その姿に近付かないので
イライラしてしまうのだ。
間違えていても原因がわからなかったりね。
絵だけ描いていればいいのかな。
いろいろやりたくなって欲深いのかな。
これでもいろいろ削っているようにも思うのだけど。。
いや、そんなこともないか・・・
よくわかんなくなってきた・・・
2004.1.29
今日は・・・絵を描いていたなあ。
アートコンテストの葉書を描いて
あとは新作を描く。
咳きがまだ治まらないなあ。
病院に行って、薬ももらってきて、ちゃんと飲んでるんだけども。
(薬でせき止め飲んでると、治ったのか治ってないのかあまりわからんが)
布団に入って暖かくなったりすると酷くなるなあ。
喘息の人ってこんなのがずっと続いたりするのか。大変だ。
足の痛いのは少し治まってきたぞ。
痛かった時は、手術したとこと、歯とかもしぶしぶ痛くて
まるで全身の痛点がびんびんになっている感じがしたのでそのせいだったか?
たまになるんだけど。これはなんだ?
弱っているせいかな。
あまり敏感でも(いろんな意味で)生き辛い世の中ざんす。
今日も早く寝よう。
2004.1.26
Tシャツくん初めて使ってみました。
人生初シルクスクリーンです。
版はちゃんとできたのですが
プリントが上手くできずに・・・
今のところ全部微妙に失敗・・
私向いてないのかなあ・・・
お金無駄にしちゃったかなあ・・・
とぽっこりとへこんでいます。
独りで初めてのことを手探りでやるというのは勇気がいるもんですね。
誰にも聞く人がいないから、これであっているのか間違っているのか
どこが悪いのかさえわかりません。
お手本があるというのはなんという学ぶうえで素晴らしいことなんでしょうか。
寒い部屋で作業をしてしまったので
カゼはいっこうに治る気配はありません。
咳きが止まらん。げっほんげっほんいってます。
咽が痛いー。
だけどTシャツのことが気になって寝てられん。
そしてそれよりも、足が痛いんです。
ええまじに痛いですよ。
立ってる時に痛かったのが、横になっても痛い。
つまりどんな姿勢でも痛い。
寝返りうつたびに痛さで目が覚めるので
深く眠れません。
ついに手術しなくちゃならんのか?
と考えるの嫌なので、動いて気を紛らわしてるんです。
動いてはいけないのかもしれませんが、
そんなことをしたらよけいに凹んでしまい大変です。
ダイドロネルって薬のせいなのかなー。
あーいろんなことの調子が悪い。
はやくぬけ出したいなー。
2004.1.23
Tシャツが届いたんだけど、アメリカサイズのS,Mってでかいなー。
がばがばに着れば可愛いけどさあ。
咽がまだ痛い。
イソジンきれちゃった。
2004.1.22
ちょっとカゼぎみだなあ。
どうやれば治るんだろう?
私の小学校は軍隊みたいなところがあったので
冬でも半袖ブルマーで外を走らされたのね。
私とかは昔から冷え性だったのでしもやけが片手に数十個とできてたんだけど
それでも手袋もしちゃいけないっていう決まりがあって。
その上、家の母とかは「少しの熱なら学校へ行かせる」っていう人だったので
世の中はそういうもんだと思ってた。
いろんなことを我慢しなきゃいけないもんだと。
倒れて本当にどうしようもない時だけ休めるもんだと。
だからか今でも自分で自分が寒いのか、熱いのかっていうのに意識がむかなくて。
「寒いなあ」と思っても、じゃあ服を着ようとかまで頭が回らない。
暖房がきいてる部屋でもコートを脱がないで汗かいてるとか。
他のことも、もっと自分を心地よく、守る手段があるのに
それを自分にあてはめて考えるところまでなかなかいかない。
かなり意識しないと今だにだめだ。
自分が何が耐えられて、何に耐えられないのかもよく分からない。
何が好きで、何が嫌いなのかもあまり分からない。
何が欲しくて、何がいらないのかも分からない。
ただ与えられたことをやって、嫌いなことでも気が付かないからやって
辛い状態でも辛いと思えないから、やっちゃって
欲しい物があっても、そこまで欲しくないから欲しがらなくて。
そうそう、私あんまり面倒臭いと思わないかもしれない。
(兄とかに比べるとだから、あんまりあてにならない。
だってにいちゃん何でも「めんどくさい」って言うし。)
だから画面を全部円で埋めてよって言われたら。
「うん。わかった。」って言ってやっちゃうんだろうな。
しかも真面目にやるからさ、早くて確実にやるんだよね。
怠けるってあんまわからない感覚かもなあ。
ただ鈍感で馬鹿なだけか?その可能性は高い・・・
最近はぼつぼつ変わってきたんだけどさ・・・たぶん。
「怠ける」と「休む」は違うのよ。ってことさ。
だから根性(?)だけは異常にあるんだけど
根性あって得したことってあんまりないんじゃないかなあ。
それよりも、寒かったら自分で手袋して、マフラーつけて、長ズボンはく。
自分でしもやけを治すよりも予防する!っていうのを教えてもらった方がよかったなあ。
私そんなん言われたら、これまた真面目にきちんと守ったのになー。惜しいことした。
今小学生ちゃんとコートみたいなの着て登校してるもんねー。いいなあ。
時代は変わったわ。
もうどーでもいいけど、中学の時のセーラー服がスカートで怒ったっけな。
スカートは寒いんじゃ!とか言ってたなあ。
根性じゃないけど、真面目な人ってさ、病気になるのにも真面目になるんだよね。
何度も入院して、そう思うことが多かったような気がする。
真面目に「患者」をやっちゃうっていうかね。(意識してない部分でね)
しかも我慢する人がおおいような。
私も昔はナースコールが悪い気がしてなかなか押せなくて
点滴が漏れて(もれることもしらなかった)めちゃくちゃ痛いのに
「針刺してるんだから痛いのはしょうがないかもしれない・・」とか思って
見せた時にはすんごい腫れ上がってて看護士さんもびっくりっていう。
悩むのもさ、真面目だと、本当に真面目に悩んじゃうのよ。とことんね。
そうじゃない人もたくさんいるのかもしれないけど。
「そんなに考えなくてもいいよ」って何度も言われたことがあるけど
その時は「だって考えちゃうよ。考えないってなに?」としか思えなかった。
だけど今はその言葉の含んでる大きいことがやっと分かった。
私が考えて変わることなんてないに等しいってことかな。
あと悩んで変わることもないに等しいかもな。
最近はいろんなことがどうでもいいと思えて楽になったなあ。
別に投げやりなわけじゃなくてね。
誰に怒られても(怒る人もいないけど)
私にとってどうでもいいことは
どうでもいいことだ。
あーそれにしてもどうやればカゼは治るんだ・・
2004.1.20
私は夢の中で何かを追い掛けて
全力で走っていた。
目が覚めて
私の身体では
もう走れないことが
不思議な気がした。
私は昔、どこまでも走っていけたのに。
だけど、その身体はもうここにはない。
私は私のままなのに
多くのことが変わっていく。
今日ここにあるものが
明日もあるとは限らない。
今日ここにあるものが
今日と同じ状態であることはない。
常に変化している。
なにが起こるか
誰にもわからない。
私にできることは
今ここにあることを
大切に愛おしく思うことだけだ。
とおさんや、かあさんの顔を見ていて
ふと急に死んでしまったらどうしようと思う。
がつんと頭を殴られたようになる。
私はたぶんこの家のこの家族に
世界一必要とされている。
それがなくなったら?
私のことを一番心配し、何があっても見捨てないのは両親だろう。
それがなくなったら?
私の想像は、きっと現実よりも怖いものだけど
それにしてもなんて心細いんだろう。
こんなに怖いと思うなんて
なんて私は愛されているんだろう
と気が付いて、途方にくれる。
私は私であることが不思議でしようがない。
猫が可愛くてしかたない。
猫になりたいと思う。
私を君の中に取り込んで欲しいと思う。
そしてそこから世界を感じたいと思う。
そうすれば、もっと世界は美しいだろうかと思う。
寿命の年数でいったら
猫は私より先に死んでしまうかもしれない。
どうしよう。
どうもできない。
私はやはり、できる限り愛することしかできない。
私は、私以外生きられない。
私は、私以外にはならない。
私は、変化していく。
2004.1.19
二つの生き物がいる
生き物は水を知らない
目の前に水槽がある
いっぱいの水が入っている
一つ生き物が水槽に入ってみた
もう一つの生き物は側に立っていた
水槽に入った生き物は水というものを知る
もう一方の生き物はずっーと側で見ていた
ガラス越しに触れてみたりもした
水槽に入らなかった生き物は
水というものを知ることはない
水槽に入らなかった生き物は
水槽の中に自分の一部だけ入れてみた
水を知らなかった生き物は
水に触れて
それは決まった形を持たず
自分の温度よりも冷たく
触っても痛くも痒くもならない
ということを知った
しかし「泳ぐ」ということが
どんなことなのかは
どんなに経っても分からない
水の中では身体はどのようになるのか
音はどのように聞こえるのか
感じることはない
水槽に入った生き物は
ぷかぷかと浮いている
それを見たもう一方の生き物は
水槽の中に入る
どぶんと入ると
息ができなくて
それに驚いて
溺れてしまう
もがいて苦しい
そこでやっと
水に入るということが
どんなことなのかを知る
腕や足が思ったように動かないと知る
水に酸素はごく少なくしかないことを知る
自分は「泳ぐ」ことができないと知る
水に入った生き物と
水に入らなかった生き物
水に入らなかった生き物は
どんなに近くにいても
どんなに話を聞いても
水に入ったことには
ならない
2004.1.17
雪じゃー!
さむ。
とりあえず写真撮る。
雪って「しん」となるよね。
音が消えるっていうか。
最近湯たんぽラブです。ぬっくい。
アップロードのソフトの調子が悪いなあ。
亀をもう一匹かき終わった。
今度は陸亀。
今日は餃子と人参スープ。
夜は初めてマージャンというものをやる。
私はどんじゃら程度しかわからない。
(花札もやったことないし、トランプも全然知らないしなあ。
ウノとオセロはできるけど。)
そして頭を使わないので、どうもこないものをずっと待っているようだ。
そしてゲームとかにあまり熱中しないせいか、いいハイが回ってこない。
そしてルールがなかなか覚えられない。
チーとかポンとかリャンメンとかバイマンとか●×△??
しかし、最初は負けてばかりだったのだが
親になったので、ちょっと気合いを入れてやったら買った。
七対子(チートイツーつまりニコニコ)というヤクで二回も買った。
そしていい並べ方だったようで(どら3??)一万四千点?
「ねえねえ、それってすごい?」と私は聞いてしまうレベルなのだ・・・
2004.1.16
水町さんが搬出で来るついでにカレンダーが欲しいということという電話が
恵子さんからかかってきた。
が、うちのカローラちゃんの エンジンがぷすりとも言わない。
見てもらったら、バッテリーが寿命で逝ってしまったようで交換が必要。
お昼まえに取り替えにきてくれるようだから行けるようなら行こうと思う。
そして行けるようだったので草薙までドライブ。ぶんぶん。
さんごさんへ行って、ゆうりさんとゆうじさんに挨拶。
カレンダーの猿があちこちに置いてある。。
二月の匠宿にさんごさんも出るかもしれない。
「私もいますよ〜」と言っておく。
そして水町さんとさんごさんがカレンダーを購入してくれた。嬉しい。
それから一緒に(あれはフランス料理?)お昼を食べる。
水町さんが「私はほたてが好きなんですよね・・・」
やはり白・・・
緑茶パンうまい。バジルパンとかあったら美味しい??
恵子さんに御馳走になってしまった。ごちそうさまです。
今日はハヤシライスとおばあちゃん用にとんかつを作る。
そして妹から電話があり、あまりの落ち込みに
「今から帰る」そうだ。
帰る妹を待ちながらナウシカを見て泣きそう。うるうる。
やはりいいなあ。
2004.1.15
バイト中にお腹が壊れちゃって大変だったわ・・・
2004.1.14
先程初めて蟹クリームコロッケを作ったのだが・・・
(この前は牛乳がなくて作れなかったのだ)
危険だったわ。
中の具がすごいどろんどろんで、これをどうやって固めろと?
最初の二つくらいはべちょべちょのぐちゃぐちゃ状態。
小麦粉は散らばるし、指がころもでグローブみたいになっちゃうし。
一目みた母に「素晴らしく汚いね」と言われるし。
時間がたって、具が冷めて固まってきたら何とか形になるということが判明。
味も美味しかったのでよしとしよう。
どうして蟹クリームなのかというと、使われない蟹缶が目に入ったから。
一度「コロッケだな」と思うと作らずにはいられない。
別に食べたいわけではないくせに、たくさん作ってしまう・・・
料理は気分転換さ。
最近は杖をついて歩いているんだけども
足以上の長さを二本持って歩くというものは非常に邪魔なのだ。
寒くて厚い上着を着て、室内に入って厚くて脱ぎたいけど手に持って歩けないから
脱がないで我慢したりとか
雨でも傘がさせないから濡れて歩くとかさ。
「キーーーー!!」ってなる時もあるんだけど。
そう思うと、「人間」っていうものは便利にできてるよなーとおもう。
足だってこんなに自由に曲げたりできるし、
身体も前にも後ろにも曲がるし
別にコンセントに繋がれてなくても生きていけるし
食べ物を食べて美味しいって思うし
怪我もある程度だったら自分で治せるし
意識しなくても内臓はちゃんと勝手に働いて
食べ物から必要な栄養取ってくれるし、
心臓なんて休まないで動いてくれるしさ。
それに、「喜び」を感じられる生き物なんだよね。
これって珍しいんではないかね?
便利な乗り物だよねー。
などと考えたりしていたのを思い出した。
2004.1.13
今日は病院へ行ってきた。
内科はいつもと変わらず。
整形は写真をばしばし撮られて(レントゲン)
コメントはいつもどうり。
「いつかは手術しなきゃねー」みたいなこと。
あと数年我慢したらさ、いい薬でないかね?無理?
そして帰りに入院してた病棟に挨拶にでも行こうかなと思って
その前にトイレに・・・とトイレによったら
そこであばあさんに会ったのさ。
用をたして、手を洗おうとして
洗面台が一つしかないトイレだったので
隣の壁に杖を立て掛けておいたのね。
そこにはもう一つ茶色の木の杖が置いてあって
その隣に立てて置いたんだけど。
それから手を洗って、うがいをしてたら、後ろから
「あんたその杖取るとき私のを倒さないで頂戴よ!」
「ほら、私コルセットなんだから曲がらないんだからね、
だから倒さないで頂戴よ!」
「この前なんて倒されてそのまま行かれて大変だったんだから。」
「だから杖取る時に倒さないで頂戴よ!」
とおばあさんにまくしたてられた。
洗面台の横に置いてあった、私にはどう見てもゴミにしか見えないものが
いっぱいにつまっている袋二つの持ち主らしい。
その袋が放つ悪臭を嗅ぎながら手を洗っていたら何だかとてもせつなくなってきた。
終わって、杖を取ろうとしたときにもまだ延々と同じような言葉をくり返していたので、
「もし倒しても、私がちゃんと拾いますから。」と言ったけれど
耳が遠いらしく、聞こえた様子ではくまだ同じ言葉をくり返していた。
トイレから出たら、何だか泣きたいような気持ちになってしまった。
「どうして私がこんなに落ち込んでるんだ・・」
その場からとても離れたくなったので病棟に行かずにそのまま帰る。
あの人は今もどこかで近くにいる人にああやっているのだろうか。
きっと毎日毎日。
そうしなければいけないくらいのつらさって私にはわからないしできればわかりたくない。
自分がすごい辛くても、人には優しさを持って接したいなあ・・・
だけど自分が落ち込んでしまうのは、私の中にもきっと同じ要素が含まれているからだろう。
いつもは隠している自分の中の同じ部分が
目の前に浮き彫りになっていて、目の当たりにしたので
私の中にもあるそういった部分がきっと疼いたのだと思う。
自分の中の要素を感じて怖くて震えたんだと思う。
本当に大変な時に、人のことなんてかまってられない。
自分でしか自分は守れない。
落ち込んでいる時は真っ暗な部屋の隅に独りきりでいるようだ。
そんな時が私にも何度かあったけど。確かにそうなんだけど。
大変な時こそ、たぶん助けが必要なのだ。
受け取ることははずかしいことじゃない。
それは何かをして欲しいとかじゃなくて
そこにその人がただ生きていているだけで
きっと大きな救いなのだ。
私達はほんとうは大きな救いの中にいるんだよ。
だけど、辛い時ってあるからな・・・
やっぱりよくわからないや。私もぐちゃぐちゃになるから。こんなに恵まれていても。
私は救いを突っぱねることなく、(悪徳なのを見分けて!)素直に受け取りたいなあ。
どうなるか分からないけどね。
などと思いながら、彰さんの事務所にカレンダーを届けに行く。
事務所について「いるかな??」とうろうろしていたら
本人が登場したのでよかった。
少しづつ、元気が宿ってきていて、笑顔もよかったので
「あーよかった。会えてよかった。笑顔でよかった。こうでなくっちゃ人生は。」(いろんな意味で)
と思えた。
たぶん私が大事にしたいのはこういうことなのだ。
2004.1.12
ここ数日貧血でふらふらする・・・・
ぼーっとしすぎて水道を閉め忘れたり
電気つけてないのに「なぜに電気がつかん・・・?」
そしてあまりに眠くて早く寝たら
電話がかかってきて
ちゃんと起きて話しもしたんだけど
夢だったようで
着信を見たらしっかり話しをしたようだった。
こんな日は運転したくない。
だけど明日病院に行かなくちゃ。
Tシャツくんが届いたんだけど
いろいろどたばたしていて、まだ使えない。
説明書を読んだら
なんだか難しそうで
どきどきしています。
やはり私はベタ塗りが激しく苦手です。
すごい言いたいことがあったんだけど・・・
だめだ・・・思い出せない・・・
幸せってなんだ?
時間って本当にすぎているのかな?
そんなようなこと
・・・だめだ・・・眠い・・
2004.1.8
今日は朝起きたら左の指が痛くてびっくりした。
握れません。
右手の方が使っているんだけど。
変なの。
でも痛いわ。
点滴射していたところも今になって痛いわ・・・
なんなんでしょう?
そして骨の薬を再開したら
胃が気持ち悪・・・・おえ。
亀を描きたくなって、
陸亀がよかったのに
できたのは海亀だった。
いまいちのような
これでいいような
不思議な感じだ。
自分の絵がますますどうでもいいものになってきている。
それはきっといいことのように思うんだけどな。
どんなに懸命に描いてもさ
実物の美しさにはかなわないさ。
どんな絵の具も空の色にはかなわないよ。
人間の形ってとても綺麗だよ。
すごい精巧にできてる。
人間は人間を「つくる」ことはできないけど
人は人を産むんだよなー
すごいよね。
地球は美しさに溢れているよ。
かなわないよ、創作なんてものは。
カッー!負けたぜ!って感じ?
だけどやるのだ。
張り合うわけじゃなく
美しさを
再確認できるように?ね。
今から蟹クリームコロッケ作るさ。
うまくできるかに〜?
2004.1.4
今日は誕生日だ。
ケーキはなし。
生クリームがまだ胃腸にきついから我慢。
まだそんなに食べたくもないしな。
大好きなちえこさんが結婚!
くぅ・・・いいなあ、うっちゃん・・・
新婚邪魔しに行ってやる〜
そして、瑞穂さんも無事結婚!
今は準備で忙しいそうだ。
うおー幸せになってくれー
丁度昨日テレビで通い婚というものをやっていて
んー結婚って??
とか考えていたが、そんなの吹っ飛んだね。
結婚は生活。な気がする。
だって家族になるんでしょ?
家族はいいよ。ありがたいものだよ。
愛する人がいるって素晴らしいことだよ。
などと漠然と思っていたら
友達が家までプレゼントを持ってきてくれて
友達もありがたいことよのお
などとまた思うのであった。
2004.1.2
明けましておめでとうございます。
ちょいと入院してましたよ・・・・
元旦退院です。めでたいめでたい。(?)
今回は、別に元の病気が悪化したわけではなく
急性胃腸炎というか、風邪の菌が胃腸に入っただか、食中毒だか
まあそんな感じでした。
確かに下痢は家にいた時も続いていたんだけど
そんなにひどくはないから気にしてはいなかったのね。
でも、胃も痛くなってきて、水分を一口飲んだだけで
お腹に激痛がはしって、即行トイレ!みたいになってきて。
しまいには熱がね、38・・・39・・・って上がってくるのに
汗が一滴も出てこなくってね。
手とか震えてくるしね・・・・
「これは脱水?脱水ってやばいのでは?」
と思って、両親を夜中に起こして(ごめんよ・・)
救急外来に行って、そのまま入院。
点滴を入れ始めたら熱も自然に引いてきたので
水分の点滴だけ入れて、断食治療。
熱とか、胃が痛いとかでげろげろになってる時は
食べ物なんて食べれない・・・いらない・・・・となっているからいいんだけど。
別に熱もなく、お腹はまだごろごろしてるけど、別に他は元気だなーという状態で
食べられないって辛いねえ。
「空腹」ってね、あーこういうことを言うのかなーと思ったよ。
今まで生きてきてさ、「食べ物」には困ったことがないわけだ。私は。
どこかに何かは絶対にあるわけさ。
まあ。食べるものがない、と食べることができないは違うんだけど。
あーなんて言うかな。一日ね、することがないわけだ。口が。
入院生活の一日の中の最大イベントが欠けてるのね。
別にね、身体的には辛くないんだよね。
水分は点滴で入ってくるし、胃腸は休めてるし、
食べ物を消化吸収するというエネルギーを使わなくてすむわけだからさ。
お腹が空いたっていう感覚もね、「じゃあ何か食べようか」っていう
レベルをもうとっくに超えているから強く感じることもないんだけど。
「何か食べたい」じゃなくて
「食べることがしたい」みたいになってたよ。
「口の中に何か入れて、咀嚼して、飲み込むことがしたい」というかね。
あーこれが本当の純粋になった「食欲」ってもんなんだなーと一人関心してたわけだ。
あとね、食べないということをするとね、研ぎ澄まされてくる部分があるのよ。
んー上手く言えないんだけど・・・「獣」っぽい部分っていうのかさ
普段意識しずらいところが、浮き上がってくる?
いや、浮き上がってくるんじゃなくて、他のうるさい部分が萎んでくるから、
見えてくるっていうのかな。
すごい小さい音まで聞こえるっていう感じかなあ。
音っていうか波長を感じやすくなるっていうかさ・・・・
普段テレビ見て泣きそうになっても「ほろっ」くらいなんだけど、
もう日曜美術館とか見て一人でダーダー泣いてたよ。
泣くという意識的なものじゃなくて、勝手に涙が次から次へと出てきて・・・
ちょっと自分でもおかしいんじゃないかっていうくらいね、涙が止まらないさ。
画面に写し出されている映像、情報、以外のもの、その背景まで見えるような
自分もその中に食い込まれているような、強く繋がっているような。。。
ちょうど入院する前にオノヨーコの本とか読んだ時に
「私はライブをする一週間前から断食する」
それはやっぱりフィーリングをしやすくするためみたいなことを書いていて
なるほどね〜と思ったわけだ。
お坊さんとかがさ、断食の修行をするのもこういった体験をする為なんだろうな。
普段粗食なのもさ、ぎりぎりのところでこの状態を保つことをしてるのかな。
食欲が満たされると、次の欲が浮かんでくるからね。
性欲とかさ、物欲とかさ・・・もろもろよ。
(そうそう、人間の身体ってね、ちょっと辛い状態に持っていけば
幻聴とか幻覚とか簡単に見えるようになってるんだってさ。
だからそれをちょっと体験しただけで「私は悟ったんだ!」というように
勘違いしてすぐ自分の宗教開いちゃう人がいっぱいいるんだとさ。)
二日の断食の間にこんなことを考えたりしていて、
二日目の夜に三分粥から食べる事をスタート。
その日はとくに何もなかったんだけど。
次の日起きたら身体が痛くてびっくりした。
そして運ばれてきたご飯を「食べる」ということの大変さにびっくりした。
口に運んで・・・噛んで・・・飲んで・・・をくり返すのがもう大変。
こんなに、大変なものだっけか??
と思いつつ休憩しつつやっと食べ終えて、少し休んで検温すると微熱でてるし。
身体の休んでいた部分に目覚ましをかけて、
「おーい、起きてまた働いてくれー」と食べ物が運ばれて
「え? もう?」みたいに
胃腸がめりめり、動き出す感じかな。めりめり・・・
エネルギーの動きが変わって、消化器官にまわされる感じ。
日本って食べ物ならきっとなんでもあってさ
好きなものを好きな時に好きなだけ食べられる国だけど
それって伸び切ったゴムみたいにさ、縮めない感じがしない?
べろーんってさ緊迫感なくないか?
きゅ!って感じが欲しいよね。
断食しろっていうわけじゃなくてね。
食べるってすごいエネルギーなんだなー
ここから得られるエネルギーもきっと相当なものなんだろうなー
やっぱり食べることをおろそかにしたらいかんなー
などと思う私でした。
年越しとかってさ、みんな一つのことを考える時じゃんね。
「あ、もうすぐ年が明ける」とかさ、その程度のことなんだけど
ちょっといつも月が変わる感じとは違うでしょ?
だけどその思いを世界の多くの人達がいっぺんに考えているわけだ。
それは実はすごいエネルギーなんだよね。
ぐわんぐわんしてる感じ?がする。
それがよくわかる。
そして私は強くないので、揺すくられて熱が出るのか?
去年も一月に入院してるんだよねー
戦争があった、3、4月はすごい精神的に不安定な感じが続いていたし。
理由もわからず。
負のエネルギーの力はすごいもんだからね。
だけど負けるわけにはいかないからね。
こういう時代だからこそ、下っ腹に力を入れていくさ!
踏ん張らないと、嫌なものたちに流されちゃうぞ。
うううう!って力み過ぎるるのではなく
きゅ!っと力入れる感じでお願いします。(?)
そんな感じですが
今年もよろしくお願いします!