2004.12.26

無事に?クリスマスを過ごし、
(センセンチにカレンダーを渡しに行って、今開催中の展示を見て、
スタジオ38にも行って、サンゴさんにも行ったりした。
ちょっとハードだったな・・・。
でもまたいろいろと触発されて帰ってこれたのでいいとしよう。)
今日はゆっくり過ごす。

ゆっくりと言っても我家は今日は餅つきだったので、
杵と臼を出して、外に釜を作り、昨日から漬けておいた餅米を炊き、
始めは餅搗き機を使い、(昔は全部始めからついてたからすごい大変だったんだよな)
仕上げを杵と臼で父ちゃんがぺったんぺったんついた。
一つ目の餅をついている時に餅つき機が机から落ちて、餅がでろ〜んとこぼれ落ちるという事件
があったが、機械も壊れずに、後は無事に進んだ。
私は外に作った釜の火の番をしていた。
火とかたまにしか見ないけど、あったかいんだねえ。
ストーブの比じゃないよ。
ぼーっと、火を見てるだけなんだけど、不思議と飽きない。
ずっと見ていられる。パワーあるね。
木がどんどんと燃えていく。
私が薪を焼べていく。
形あるものが燃えて、また焼べて、という時間の流れが、いつもよりも感じられた。
なくなったものはもうないんだねえ。

あとできたての餅にあんこをちょっと包んだり、
四角く切った餅を袋に詰めたりした。
あー年末な感じだねえ、今日は寒いしねえ、などと思う。

ネットサーフィンをしていたら数時間経ってしまった。
どうしてか、すると軽く落ち込むネットサーフィン。
何故だ?電磁波か?
決して無駄な時間ではないはずなんだけどなあ。
本とは違うこの感じ。

そしてパソコンの調子がちょっと悪いかもしれない。
原因はわからない。(わかったことなんて!)
メールが送れない。
送信したものがチェックできない。何故?


2004.12.22

「ハウルの動く城」を観に映画館へ。
3兄妹でデート?である。
いやあ、よかった・・・好きな人にとても会いたくなった。

私は若い時にもうジブリの世界で生きていたので、
きっといつか魔法のようなものが使えるようになると
本気でどこか信じている部分がある。
魔法っていうか、うーん、目に見えてないだけで
大事なものがうようよしていると思っているのでこの世界は。
例えばトトロのような妖精?みたいなものとか
もののけのたぐいのものとか。
そんな具体的なものでなく、素敵なものはキラキラして見える、
その「キラキラ」の感じとか。
好きなものは何だか暖かく感じるようなその「あたたかさ」とか。
そういうものも全部含めてだ。

昔山に遠足に行った時に湿った薄暗い森の中で感じた「何か」を
私は強く信じているように思う。
目で見えていないし、触れているかもわからないけど、
もっと皮膚や呼吸の中で感じる、あの感覚である。
あー取り戻しに、森に帰りたい。といつも思っているところがある。

宮崎さんの作品はいつもそういった大事なことを思い出させてくれる。


2004.12.21

今日からホワイトキューブギャラリーでの展示が始まった。
残念ながら行けないけれど。

三兄妹そろって、みんな胃の調子が悪い。
私など朝胃酸の上がってくるのが目覚まし変わりである。
薬が多い時はいつものことだが、やはりご飯が美味しく感じられないのは辛い。

薬が増えてから(たぶん副作用で)朝動悸があることが多く、
朝から一人、ドクドクすることが頻繁におこる。
ベットで横になって治まるのを待つが、落ち着くころには
全然移動していないのに走った後のようになっている。
朝からぐったり。

そしてこれも薬のせいで皮膚が薄くなって、抵抗力が落ちているせいだと思うが
右手の中指、ぺんだこのできるところが、数日前に何だかペンを握ると痛いなあ
と思っていたら、膿がぶちゅっと出てきた。痛くて当たり前。
今だ完治せず。

これも副作用で、とてーも脂肪がつきやすくなっているのだが
これからクリスマスやら、正月やら、誕生日やらで
美味しいものがわんさかでてくるのね・・・ああ・・・
しかもまた副作用で満腹感がないわけよ。
いくらでも食べられちゃうのよ。
しかもイライラしてたりしたらあんた食べちゃうわよ。

き、気をつけなきゃ。太ったら骨が大変だ。
でも家の杵と臼でついたもちはうまいんだなこれが・・・

こう書くと、もうだめのような生活だが、(いや、だめなのか?)
ぼつぼつ生きてます。


2004.12.20

今日は「粉」をいじって何か作りたくなって
我家のオーブンはかなり前から壊れているので
中華饅頭のようなもの(皮に野菜と肉をいためたのを包んで蒸したやつ)
を作ろうと思い、作っていたら
それだけで1日が終わってしまった・・・
しかも生地作るって体力いるんですね・・・
一人で作って一人で勝手に疲れていた1日。

一体なんだったんだろうか?

味は美味しかったです。
具が多すぎて食べるにとても苦労しましたが。

妹のベットに猫がおしっこをして大惨事になりました。


2004.12.18

すどう美術館の方から電話。
申し込んでいた展覧会に出展する審査用のファイルを送ったのかどうかという内容。
私は、入院したり、この間の展示物を送る日を勘違いして覚えていたりで
断りの連絡を入れていなかったのだ。
「もしかしたら出せるかもしれない」と考えているうちに先に伸ばしてしまったのだ。
あと、ファイルを出した時点で正式に申し込み。
というように自分で勝手に勘違いしていたので(こういうことがよくあるんだ・・)
断りの連絡はしなくてもむこうで判断するだろうと。

今やっている京都のギャラリーでは、作品を送っても着いたの連絡もないし
無事展示が行なわれているかの連絡もないし、終わっても送ったという連絡もなしに
作品だけ帰ってくるのでギャラリーとはそういうものだと思ってしまっていた。
こちらもそのように本当に分からないところだけ連絡をするものかと。

なので、すどう美術館の方がとてもいい人で、作家を大事にする姿勢が
感じられる電話の応対だったので、びっくりしたし、とても申し訳ないことをしたと反省。
兄にその「断りの連絡をしなかった」ということで注意された。
「それは社会人としてやったらいけないよ。
そんなことをやるから結局アーティストなんていい加減なやつが多いんだと思われてしまうよ」
と言われて。またまた反省。

この間のファイルを送る日を勘違いして覚えていたり、
今回のこともあり、何だか自分大事な部分まで眠ってしまっているなあと思った。
これまで仕事のことだけはきちんとしてきたのだけれど。
まだ脳味噌が一ヶ月ちょっと前のがたがたの時期の状態だったのかもしれない。
ああ危険だ。
まだ何かやらなくてはならないことをやっていないのではないか?
という気分になってしまう。


2004.12.17

家にいたくない気がしてならなかったので
急いでいなかったけれども免許の更新に行く。
みかんを辞めてしまったのでちょっと時間のある父が運転してくれた。
というか運転させた。と言った方が正しい。
髪型が金太郎なので、どうしたもんかと思うが
二つに御団子にして前髪はピンで止めた。
数年間も使う写真って免許以外にないよね。
ちょっとでも写りがいいように白いシャツなど着てみた。

警察署で、名前を書いて、待つ。
その間に父と
私「宝くじ当ったらどうしようかねえ」
父「俺は二億当ったらどこかへ消える」とかくだらないことを
ぼつぼつ話す。
お金を払って、また待つ。
それから写真。
ぱしゃ。一瞬で終わる。
うまく撮れたかなあと思いながら30分講習のビデオを見る。

新しい免許を受け取る。
悪くはないが、やはり顔が薬のせいで丸いな・・・・まあしかたあるまい。

家に帰って、兄と母に見せる。
それを見て兄が一言

「ひょうたんみたいだね」

ひょうたん!

ひょうたん!

そうきたか・・・それは下膨れということですよね?そうですよね?
・・・・まあ仕方あるまい。
最近の落ち込みの一つに、体重が増えたということもある。
計り間違いかもしれないが、薬のせいで非情に脂肪がつきやすくなっているので
(特に顔とか首とか背中とかお腹とか身体のまん中)
体型も変わってきてしまっている。
何だこの腹は?と自分で突っ込むくらいだ。

ひょうたん

次回の免許の更新は5年後です。


2004.12.16

何だかイライラしている自分がいます。
ずっと家の中にいるからなのが大きいんだろうな。
歩けないって肉体的にも精神的にもまずい方向へ向かうんだなあ。
知ってたけどさ。。
もう慣れてきたけどさ。。
相変わらず抜け毛が止まらずに、お風呂に入るたびに、
手でつかめるくらいの抜けた毛束を拾いため息。
創作してる時に部屋に人にいられるのに苛立ち。
些細な事なんだけど、爪のささくれのようにいちいち気になるのだ。
あーなんだかな・・・。


2004.12.15

少しだるいので無理をしないで、ぼおっと過ごす。
本を読んだり、漫画を見たりする。
宮崎アニメの魔女の宅急便のセル漫画を見返す。
あーこんな家に住みたいなあなどと一人妄想して時間が過ぎる。

午後は年賀状を書く。
文字というものをあまり書かなくなったので、
いつもは使わない筋肉を使った感じ。手も頭も。
テンションの低めな年賀状が次々と出来上がる。

午後に妹からメールで
「昨日の昼から寝てません・・・」
「編集者が差し入れに特上寿司をもって来た!さすが大手出版社は違う!」
と近状報告が入る。ハードな生活やね。

入院中から考えていたんだけど、
もう一度、自分の原点を見直そうと。
とりあえず、昔自分が好きだったものをもう一度見返してみようかなあ。
などと思う。
私はとても「私」がわからない。
意思なんてあるようでないものだと思っている。
だけど何を望んでいるのか、それは無意識や、遺伝子レベルの話しになるかもしれないが
それでも、少しぐらいはみえてくるものもあるのではないのかなあと。
「自分」なんて好きなように変えられるような気もするけれど。
もっと深い部分で逃れられないものもあるように思う。

だからいちいち考える。
「今やっているこれは好き?」
「これはよかった?」
「本当はこうしたいけど今これしかないからこうする」
「無理していない?」
そして自分で答える。
「あちらよりは好きだと思う」
「今のは嫌いだけど逃げられないからここにいる」
「昔は嫌いだったけど今は好き」
「前はわからなかったけれど、今なら少しわかる」

私は何が好きなんだろう??
どれも、許してしまいそうだし、
どんなものも、いいようにも思えるし
どんなものも、たいしたことないようにも見える。
ようするになんでもありなのか?

見返してみると、好みの変化というものがあって
それは「私」が選択しているのか
まわりによって「私」が変わるから変わるのかわからないが
やっぱりその中にも「かわらない」「かえることができない」ものって
あるはずなんじゃないかなあ。

たぶん、その変わらないものを私は絵にも書きたいんだよね。
どっちかというと私の絵は「原始的」っていうのか、
「民族」っぽいというか大地とか命とか、
はたまたそういうものも超えた、宇宙とか、魔法とか
そういうものがきっと描きたい
気がする。
私にはたぶん「センス」というものがないのだろうな。
新しく生み出すという能力もない気がする。
だってみんなもう知っていることしか
私は描いてないんだから。

絵を描いている時は、何もかも許せちゃうような感じになって
この身体が病気なこともすんなり受け入れ過ぎてしまって
この前のように再発しても「しょうがないこれが私」
手が真っ青になっても暖めようとしないで「手が暖かくなりたくないなら仕方ない」
というような気持ちになってくるんだよね。
いい感じになにがどうでもいいよ〜というか。
だけどやっかいなことに、私の身体はわがままなので、
「仕方がない」じゃすまされないくらい面倒を見てあげないと生きられない。
自分より、周りを感じてしまうのかなあ。
だから絵をまた描きはじめるのが少し怖い。

絵を描きたくて描きたくて仕方ないと本当に強く思って
昔から生きてきたわけではないし、
そこまで自由奔放な家という環境で育ったわけでもなく、
どうして今自分がこういう状態にあるのか
不思議で仕方ないとも思うし、すべてもう分かっていたようにも思う。
だけど創作することは私にとって必要なのだ。
それが絵でなければいけないのか、それはわからない。
(自分がこんふうに絵を描くことに対して考えを言うこと自体
おこがましいような気がするのだ。私はなんにもわかっちゃいない。
たぶんわかっている人もいないだろうけど。)

だから(?)もっと私は「私」が知りたい。


2004.12.14

朝からファイル制作などをする。
コンビニでコピーをとる。
そしてコピーとったのをそのままコンビニに忘れる・・・

何とかファイルができて、絵と一緒に包む。
今回は、キリンを出そうと考えていたが規定サイズより大きくて
やむなく人魚を出展することにした。
久しぶりに見たらいつのまにできたか分からない傷がついていた。
描いてすぐに額に入れるのが一番いいんだろうけどな。
梱包が大変で、一人段ボールと格闘。疲れる。
これまたなんとか包んで、郵便局へ送りに行く。
そのまま図書館に予約しておいた本を取りに行く。

帰ってきて、車を降りて、モカちゃんに挨拶を・・・
と頭をなでようとしたら、後ろで「ドカドカン」という音。
なんだ?と思ってみると、どうやらトラックの積み荷?が落ちたような音。
それに続いて車のぶつかる音。
車が連なって止まっている。人の騒ぐ声。
「事故だ〜」
もうあと少し遅かったら、私達も巻き込まれていいたかもな。
怖いな。私とかむちうちとかじゃなくてたぶん首の骨折れて死ぬし。

昨日から妹が東京でアシスタントの助っ人に呼ばれていて
いなくて寂しい。
でも助っ人に呼ばれるってことは技術があるからだろうなあ。
漫画家の仕事なんて労働基準法とか関係ないから
20時間労働とかあるらしいしね・・・追い込み時期だから
きっと超ハードなんだろうなあ。恐ろしや。

私は薬も減ったし、今日は疲れたのでもう休もう。
無事に絵が届きますように。


2004.12.13

病院で診察。
11時予約だったので、検査の時間も入れて早めに行こうと考えて
9時半には病院に着く。
検査をして診察に呼ばれるまで待つ・・・
今日はせっかく家から遠出したんだから
免許証の書き換えもしたいし、図書館にも行こう。

呼ばれたの2時ですよ・・・ご飯も食べてませんよ・・

免許の書き換えは諦める。
図書館は今日は月曜日で休刊日だった。(あほ)
と、今日計画していたことは実行できず・・

でも兄の誕生日ケーキはちゃんと買ってきた。
でも見た目重視で味にパンチがない「おっされー」な感じのケーキだった。
嫌いじゃないけど・・・うーん。

あ、検査の結果がよかったので一気に5ミリも薬が減った。
超要注意です。
無理は禁止の方向で。
目指せ10ミリ以下!


2004.12.12

京都の展示の絵を10日までに送るんだった!
今日は12日!
わお。
電話したらまだいいみたいだから
ファイルを作って急いで送らねば。
あーやっちまったい!


2004.12.10

朝から絵を描く。ごりごり。
お昼まで描いて、ご飯はゆっくりのんびり食べて2時。
それから年賀状に2005という判子を押そうと
「いもばん」ではなく「にんじんばん」で作る。
が、人参は芋に比べて繊維が長いようで掘りにくい。
なんとか彫って、押してみると読める読める。大丈夫さ。
そんな1日でした。


2004.12.9

皆川明さんの本を読んだ。
本を読んでいると、たまに今の自分が欲しがっている「つぼ」に
すこーんとはまるものがある。
読み進めるのがもったいないと思う。
まさにこの本はそうだった。

「物を作る」ことに対しての思いと、
『自分にとって大切なことを、本当に大切にしたい』っていう
生きかた?みたいなもの。
例えばこの皆川さんという人は服のデザイナーなんだけど
「創作」っていうのは、
作品と作者って違うけれども
やっぱり同じものだと思うので、
最終的にはその『人』がすべてなんだと思う。
(その人を超える瞬間というのはあるけど)
見る人や、服を選ぶ人というのは、そのバックグラウンドにあるものを
絶対に感じ取っている。
「愛」のこもったものはやはり素晴らしい。
私が大事だと思っていることを、
同じように大事だと思っている人がいるということが嬉しい。

あーもっと生きることを大事にしようと思える本でした。

それから、7月に展示をする予定だった喫茶店に
キャンセルの電話を入れた。
せっかくの誘いだったのだけれど、今年は無理だな。
断わるなら早い方がいいだろうと思って。
もしかしたら元気かもしれないけど。大事を取って。
残念だが仕方ない。
こうやって切っていくことも多くなっていくのかなあ。
「また機会があったら是非」と言われて申し訳ない気持ちになる。


2004.12.8

ホワイトキューブに展示していた絵が帰ってきた。
ので、いちおう点検をしてまた包むという作業を行なった。
私は絵をこうやって、しまったり、出したり、きちんと保管したり
そういったことが面倒なので嫌いなのだ。
セロハンテープというやつがもういやなのだ。
自分のことなのでやりますが。
できればやりたくないというのが正直なところだ。
ちゃんと作品も写真をきれいに撮って、ファイルにして・・・
とかいうのも、いつも忘れて描き終わったら「終わった!次!」
とすぐに包んでしまったりして、後で思い出してまた
「あーまたやっちゃったよ。もー。」となるわけだ。
やりたくない作業なので、ぶつぶつやっていると
絵が包んであった段ボールに何やら貼ってある。
「?」と思ってみてみると手紙だった。
開いて読んでみると、何やら私の絵に感動してくれたらしく
応援の手紙だった「おお!いわゆるファンレター??」と嬉しくなり
「おれ、がんばる。」(超単純)
絵を描くというのは孤独な作業で、私はその状態が好きだからこそ
続けていられているのだと思う。
作品を人に見せて、繋がったり、それはおまけのようなものだという
感じが私にはまだあるのだろう。
「仕事」っていうのは「仕える」ことだ。
「人の為」って仕事だと思う。
私は自分のイメージしているものは頭の中で
もう見えているので、別に出さなくても、いいと言えばいいのだ。
だけど、それを現実の部分に出して、「もの」にしてみたい気持ちがある。
イメージをそのままそっくりに現実にもってくることは不可能だから
私の身体を通って、空気に触れて生まれてきたものは
自分のイメージを時に超えたものだったりして、そういった作品が見たい。
そしてものになることによって私以外の人にもそれが認識できて
現実に「ある」ものとしてそこに存在できるわけだ。
見た人が何かいい方向に心が動かされて、もしかしたら感動してくれる
その部分では確かに、私は「仕えて」いるように思う。
だから人と繋がるということは・・・・まあ・・・つまり・・
何が言いたいかというと、その手紙が嬉しかったと・・・いうことですな。

それから、一週間ぶりに家から出て、薬局とかコンビニへ行く。
ちょっと歩いただけなのに足がもう痛い・・・弱っているなあ。
「外」ってこんなに疲れたっけ?
音や、人、たくさんの物に対する抵抗力も弱まっている感じ。仕方ないけど。
外が怖いと思う。家から出たくないひきこもる気持ち、よくわかる。

最近ぼおっとする時間をわざと作って、楽しむようにしている。
例えばチャイをちゃんと作って、ゆっくり飲んだりとか
お昼に食べるシャケが焼けるのをじーっと見たりとか
そんなことなんだけど。私には必要な時間なのだと思う。
意識しないと、休憩のお茶すら1日に一杯もいれない人なので。
やりたいことはたくさんあるけど。
もう、ちょっとづつやろうと思う。


2004.12.7

鏡を見たら、金太郎がいてびっくりしたよ・・・


2004.12.6

前髪を切った・・・数年ぶりに。
すごいことになってしまった。
小学生みたい・・・というか今どきこんな小学生いないよ・・
幼稚園児?
ああ・・やってもうた。
いいと思ってやったことが裏目に出る確立の高い私。
しかもにきびできやすくなってるんだった。
おでこに髪の毛があたって痒いぜ。

絵を描き始める。
やっぱり落ち着くなあ。
集中している時に、部屋に入ってこられるととても困る。
独りのアトリエが欲しい。
でもうまく切り替えてやっていかないとな。


2004.12.4

はじちゃんがお見舞いに来てくれる。
この前は、とをさんとユウが見舞ってくれた。
しかも私の大好きなカフェ「にばん」のケーキを大量に持って・・
うう・・・ありがたいことです。
ケーキ美味しかった・・・
早くにばんに行けるくらいに回復したいなあ。
(ああいうお店が清水にもできないかなあ)
まだ、全然外に出たいとも人に会いたいとも思えないけど。
まあぼちぼちいこうと思う。

副作用で顔が丸くなってきた・・嫌だなあ・・・
ただでさえ、おじゃる丸とかあんぱんまんとか機関車トーマスに似てるって
言われる顔なのに・・・

月曜日まで京都での展示やっております。

それから清水にあるイタリア料理やさん「マッシモ」で私の描いたメニューが
使われはじめたようです。
もう、2、3年前に描いたものですが、自分では気に入っています。
どんなふうに使われているのか私も見ていないのでわかりません。どきどき。


2004.12.3

今回の入院は、また病気が再発して(させて)しまったからだった。
私の病気は膠原病というもののなかの一つで
病状的には「薬飲まないと死にますよ」という程度だ。
反対に言えば薬を飲めば何とか生きられる病気ということになる。

もう何度も入退院をくり返している。
「自分は重い病気なのだ」ときちんと意識して
無理しない生活をしていれば、今回も再発はさけられたはずだった。
それは私も頭ではよくわかっている。
毎回、痛いくらいによくわかっている。

ここ半年くらい、展示をやりすぎてしまった。
体力的に厳しかったので、それで精神的にもまいっていたと思う。
いろんなイベントに参加してはきたけれど
いつも「自分のやりたいこと」とのずれというものを感じていた。
私は絵で食べてゆきたい、自立をしたいと強く思っているので
イベント自体を楽しむ為に出るのではなく、その先の繋がりというものが
欲しくて出展していた。
出している時は、お客さんとも触れ合えるし、それはそれでいいんだけど。

やはり、無理していたなと思う。

夏あたりから、抜け毛が異常に多くなってきていたし
腕にも病気の徴候の斑点が現われてきていたのも自分で気がついていた。
ここで、数カ月大人しくしていれば、入院はさけられたはずだった。
だけどそうしなかった。
いつものことだ。

私はいつもすごく焦っているので、心休まる時というのがあまりない。
何かやっていないと落ち着かないのだ。
本当はぼおっとしていたいと思っているのに。

熱が下がらないと気がついてから、すぐに病院へ行った。
もう確実に入院だろうとわかっていたので入院セットを作って持っていった。
案の定すぐに入院で、すぐに点滴。
治療方針を決めるまで、ステロイドを30mg点滴。
最初は効くが、やはり途中で切れてまた熱が出る。
次の日も、まだどうするのか決まらずにまた同じ点滴。
やっと治療が決まって、パルス療法というステロイドを一気に大量に点滴するやり方で
しかも、普通の量の半分の半分、250mg(といってもかなり大量)を行なう。
心臓に負担をかけるので点滴の間中心電図をつけてやる。

これはさすがに効いて、熱が下がる。
500mg打たないと効かなそうだと言われていたのでほっとする。
熱は下がっているのだけど、熱くもないのに汗が止まらないというのが
3日間程続く。医者曰く、「芯の熱がとれていないんだねえ」だそうだ。

汗も治まり、その後は、いつもの飲み薬に変えて、1日30ミリという量を飲む。
このステロイドホルモンというのは、簡単に言うと、副腎皮質ホルモンという
人間なら誰しも1日5ミリ程自分の身体から出て、使われているホルモンだ。
それを1日30だから普通の人の6倍?の量を飲むわけだ。
ちなみに60ミリ口から飲むと胃に穴があきます。
一時期、このステロイドがよく効くからと、アトピーとかの
塗り薬に安易に使われたりして、でもあとの副作用もすごいということで
問題になったから、知っている人は知っている薬だろうかと思う。
(アトピーとかも自分で自分を攻撃してしまっているところでは
私の病気と同じなわけだしね)
「ホルモン」というものは1ミリあるいはもっともっと少ない単位でも
ものすごい影響力のあるものだ。
「環境ホルモン」とかだって、微量のホルモンで生態系まで変わってしまう。
それを私はここ10年がばがば飲んでいるわけだ。
身体もぼろぼろになるはずだ。

確かに「諸刃の剣」と呼ばれる薬だけあって副作用もすごくある。
軽度のものでも、顔は丸く太ってしまうし、上半身に肉はつくし、胃潰瘍はできるし、
皮膚は薄くなるし、にきび、満腹感がなくなる、白内障、緑内障・・・その他もろもろ。
重度のもので、骨頭壊死(私の足がそれね)、感染症(だから入院するわけだ)
精神障害(うつ、または反対のそう鬱、幻覚幻聴)、糖尿病、血圧上昇、
むくみ、脱毛、月経障害、性欲障害・・・・その他もろもろ。
私はまだ、いろんなところに副作用が出ていないが、いつ何がおこるかわからない。
ちなみにこのステロイドの効能を発見した人はノーベル賞取りました。たしか。

ステロイド(と言っても種類はたくさんあるんだけど)と同じような作用をする薬で
「免疫抑制剤」というものがある。これも種類がたくさんあるんだけど。
抗癌剤や、臓器移植の時の拒否反応を押さえる薬として使われる強い薬だ。
その名の通り、免疫を抑制する薬だ。
私の病気は自分の免疫力が自分自身を攻撃してしまうというやっかいな病気なので
同じものが使われるらしい。
特に同じ病気でも、ステロイドが効きににくい体質の人や、ステロイドは心臓に負担が
かかるので心臓が弱い人、などに使われることが多くなってきた。
ただ、まだ新しい薬ということもあり、まだ使い方というものも確立していない。
(ステロイドだって使われるようになってまだ数十年でそれまでは
私の病気になると確実にみんな死んでいたんだから)
医学というものはそういうもので「確立」なんてないのだろうけど。
日々変化しているから。昨日まで正しいと言っていたことが明日は間違いということも
おおいにしてあるわけだ。
この免疫抑制剤というものは、身体から出ているものを取り込むのではなく
本当の化学物質である。
もちろん副作用も多い。軽いものでも吐き気、脱毛など。
重くなると、骨髄抑制、肝機能障害、生殖機能に影響(奇形児)
癌になる確立が人より高くなるなど。
ちなみに癌患者は癌で死ぬ人よりも、癌の為の治療の副作用や、合併症で死ぬ人
の方が実は数が多い。たしか。

私はこの免疫抑制剤というものがどうも嫌な感じがして、数年前から飲むことを
検討して欲しいと言われてはいたんだけど、どうも踏み切れないでいた。
でも、私の足(これが一番心配)の状態を考えるともう使った方がいいのではないか
ということを医者と話しあう。
私はステロイドが効かない体質ではない。ただステロイドだど骨がどんどん
もろくなる。免疫抑制剤なら、骨には影響がない。ただ他の副作用がある。
そして、悩みに悩んで、いろんな資料も読んで、考えて、飲むことに決める。
イムランというとても軽いやつだ。(といっても風邪薬とかよりは比べ物にならんくらい強い)

この薬は飲み始めて一ヶ月くらいたたないと、効果が出ているのか分からないので
ひと粒のんで劇的に良くなる!とかはない。
飲み始めて半日たつと、何だか胃のあたりがムカムカしてくる。
ステロイドも胃がすごく荒れる薬だが、それとはまた違った、痛さとは違った気持ち悪さ。
(薬剤師さんの話しによると、代謝に影響がある薬なので、胃とか口の粘膜は
代謝が活発だから、影響が強くてそれで吐き気とか口内炎とかがでてくるらしい)
食欲がなくなる。「あーこれがみんな言う、副作用の吐き気かあ・・・」などと思う。
しかも食べる時だけに気持ち悪いのではなく、1日24時間ずーっと気持ち悪いのだ。
食べた後歯を磨くと「おえ」となる。
「つわりってもしかしたらこんな感じなのかな・・」などとも思う。
医者は「みんなだんだんと慣れていくようだよ」ということを言う。
そんなもんかな・・・とその時は深く考えなかった。

飲み始めて2日目。その日も朝から気持ち悪くて起きる。
その日はその気持ち悪さのせいか1日憂鬱に過ごす。
いつもたえず気持ち悪いので、ふと気がつくと薬のことを考えてしまう。
そんなに「おえおえ」する程気持ち悪いものでもないのだ。
うすぼんや〜り「きもちのわるい」気持ち悪さなのだ。
きっと他にやることがあってそちらに熱中していれば忘れていられるくらいかもしれない。
でも入院中、ぼおっとベットの上で過ごしているとどうもそちらに意識が向く。
「気持ち悪いなあ・・」「きもちわるいなあ・・」1日に何度も思う。

そして、夜、消灯時間になって、独りになった時に、唐突に思う。
「この薬は飲んだらダメだ!!」
身体が「かなしんで」いるのだ。
しくしく・・という感じに。
医者の「だんだん慣れていく」という言葉を思い出す。
ふとこれから数日飲めば終わるということではない、「これからずっと毎日」という
のが現実になって迫ってきた。
この「きもちわるさ」を?毎日?これからずっと?何年?ずっと?毎日?
そう思うと怖くて溜まらなくなってしまった。
「慣れる?」このきもちわるさは慣れていいものなの??
こんなにかなしいのに。これに慣れていくの?
うまく言えないがたぶん「本能」の部分で嫌なのだ。
そう思ったら、今迄、こんなに無理をさせてきた身体に申し訳がなくなってしまって
ぼろぼろと泣いてしまった。
こんなことは初めてかもしれない。
自分の身体に申し訳なくて。
いつも入院して悔しい気持ちになることは多かったように思うが
今回はだただたもうせつなくて、かなしかった。
私ってどうしてこうなんだろうか・・・
大事にしていたもの、大切なことは一体なんなのだろうか・・
私はこれからどう生きてゆけばいいのか、どう生きたいのか・・・
すべてどうにでも変えられるようにも思うし
絶対変えられないようにも思う。
答えなんてわかりっこないのだ。
ただ、「もう限界だ」と強く思った。
(今迄も思っているんだけどね・・・・)

私はもう「頑張ってはいけない」のだ。
そういう人間なのだ。
ほおっておいても動いてしまうのを何とかしなくては。
自分が「ほんの少しでもやりたくない」と思ったことは
やってはいけないのだ。
でも我慢してしまう性分なんだよなあ。でも直さないと。
もっともっと自分を一番に考えないと。
わがままにならないとな。頭も使わないと。
頑張らないように頑張るなんておかしな話だ。
身体を一番に考えるということは私にとっては「病気」を一番に考えることになるので
それが嫌で、見ないようにしていた部分が確かにあったように思う。
手が冷えたらあたためるとか、「どうせやったって病気は治らない」と
自分をいたわってあげていなかった。
忙しくなると自分の手が冷えていることにすらわからなくなってしまうので
いろんなことに「ゆとり」が持てればいいのに。
阿呆なくらい鈍感なので「痛い!」とかにならなければ気がつかなかったが
もっともっと小さな体の声をちゃんと真剣に聞いてあげよう・・。
あと、人生とかあんまり考えるのをやめよう。
「なんとかなるさ」って生きたいなあ。

なので、このおばかな性格はたぶん一生変わらないと思うので
とにかく今は『生活革命』を起こしたいと思っている。

もう私はゆっくり生きる。

ぼろぼろに泣いた次の朝、看護婦さんに「やっぱり免疫抑制剤飲むのやめる」と伝える。
たぶん骨がぼろぼろになるから、車椅子か、手術、歩けなくなるのを覚悟する。
(あんまり痛くてまた抑制剤を考えるかもしれないが、その時はその時だ)
医者には「なんで?」と聞かれるが、あの「かなしさ」を飲んだことの
ない人にうまく伝えるのは難しいので「飲んでみてはじめてわかることがあった」とだけ伝えた。
その日からステロイドだけ30ミリ(これ以上の量だと免疫力を強くおとすので普通の生活では
感染しやすくなるので元気なようでも入院生活をするわけだ)
で、熱もないし、病院にいてもやることがないので、退院してきた。
でもまだギリギリの量で入院一歩手前にいる。
そしてすでに足が両足とも痛くて、毎日毎日ヒヤヒヤしながら暮らしている。

これからゆっくりではあるが、もっと「自分が楽しい」と思える生活にしていきたい。
ぼつぼつと。