2005.1.31
今日は車椅子を試乗に行って、ついでにレンタルもしてもらおうと思っていた。
車椅子のレンタルをしてくれるところを探す。
まずとりあえず、市役所へ電話して聞いてみる。
と、「障害者福祉科」というところへ聞いてくれ。
と言われるので聞いてみる。
清水でレンタルを行なっているところは8社あってファックスで送ってもらう。
電話をかけていろいろ聞いてみると、どこも値段は一ヶ月6000円くらい。
「ケアマネージャーがつかないと貸せない」とか
「清水営業所ではレンタルは行なっていない」とかも言われた。
めぼしいところをチェックしておく。
それから見積もりを出して欲しい車椅子の営業所の会社に問い合わせるが、
今日も留守番電話・・・
何度かけても留守番電話・・・・
仕方がないので千葉にある本社に電話。
「静岡の支店の方は名古屋の管轄になるのでそちらから連絡させます。」
ということで連絡待ち。
1時間くらい経過・・・・
ばあちゃんが
「今、あんたに車椅子の・・・とかって電話がかかってきたから
うちには車椅子なんていりません!!って切っちゃった。」
切っちゃだめだよばあちゃん・・・・いるんだよ車椅子・・・
ここでだまっていてももう連絡はこないだろうと思ったので
また清水の支店に電話するもまた留守電・・・
今度は名古屋支店に電話する。
どうにか事情がわかる人と繋がって、
やっと清水支店の人の携帯電話の番号を教えてもらう。
あーやっと連絡がとれるよ・・・・
と思って電話をすると
「エーユー留守番センターに繋ぎます。」
・・・・
それからしばらくして、またかけ直すと
「今、この電話携帯電話ではないのでまたこちらからかけ直します。」
それからまた4時間くらいしてかかってきた。
車椅子試乗できますか?
と聞いたら、
「人気の機種なので、試乗サンプルを取り寄せるに一ヶ月くらい
もしかしたらかかるかもしれません。」
「い、一ヶ月ですか?」
「これから問い合わせますので、その結果をまたおしらせしましょうか?」
「お願いします・・」
この時点でもう1日終わってしまった・・・
2005.1.29
車椅子のところに電話をすると休みだった・・・
レンタルのところに電話すると
「静岡支店では車椅子のレンタルは行なっていないんですよ」
と言われた・・・
また探さなきゃ。
最近朝の動悸が激しくて午前中起きていられない。
ということを兄に話したら、
「貧血じゃないの?」と言われた。
確かにそうかも・・・
先月も酷くて、鉄剤の健康食品を食べたら、胃が荒れて大変だった。
生理も不順で出血が続いているし・・・
うーん。
でも午後は治ってるんだよなあ。
医者にも相談したが
「あー自律神経の方かもねえ」とかなんとかもじょもじょ言っていた。
(結局わからないってことね)
薬が減ったからなのか、病気のせいなのか、薬の副作用なのか、
貧血なのか・・・うーむ。もうわっかんねっす。
とにかく無理せず休もうと思う。
2005.1.28
朝からお腹が壊れたりして大変だった・・・
薬が減ったので、ホルモンバランスもぐちゃぐちゃで、
精神状態もすごく不安定なのが自分でもよくわかる。
周りにつらく当たってしまったりしそうで自分が怖い。
自分でないような自分が顔を出す。
絵を描いているんだけど、いまいちのれなかったなあ。
しまっておいた、キャンバスと絵の具を持ってくる。
絵の具、自分が好きな色ばかりなくなっている・・・当り前か。
色が使いたくなってくるなんて
変化したなあ自分。
車椅子のことをいろいろと調べたりする。
そしてネットとかまわって、記事を読んで、すごくへこんだりする。
楽しくない買い物だなあ・・・
でもやらねば。自分の為さ。
誰かいい情報もってないかなあ。
何だかやらなければいけない大事なことを忘れている気がする・・・
2005.1.27
昨日の疲れか、身体中痛い。
ので休む。
薬も減ったので注意しなくては。
2005.1.26
朝起きた時から何だか妙な予感がしたのだ。
朝から天気が悪くて憂鬱になる。
曇ったりしているとただでさえだるさが増すのに
今日は病院にも行かなくてはならない。
私は両腕で杖をついて歩いているので
傘がさせない。
だから雨だと濡れて歩くしかないのだ。
あー行きたくないねえ
と思いながら支度をして出かける。
外に出ると少し雨がぱらついている。
山から町まで1時間くらい車を走らせる。
病院の立体駐車場に着く。
守衛?のおじさん達が数人で駐車場を管理しているのだが
その中の一人のおじさん(私の顔を覚えている)が近寄ってきて
「最近は身体はどうだねー」とか「ひさしぶりだねー」と言ってくる。
私は適当にあいづちを打つ。
いったん遠のいて、また近寄って来て、
「俺の父は○●でどーでこーで自殺してなんとかがかんとか(聞き取れていない)
だから県知事も市町も俺の言いなりなの。」
と言って、また遠のいて、また近寄ってきて
「県知事も市町も俺の言いなり。」
とくり返してきた。
私はあーこの人は県知事と市町を言いなりにできることが
すごいえらいことだと思っているんだなあと真面目に考えたりした。
こういう妙ちきりんな人に会う日は他にも何か起きる予感がする・・・
とまた直感で思う。
最近は頭を使うことを避けている。
脳味噌が全く起きてないで1日を過ごすことも多い。
いつもは外出する時とかは
「今日はああしてこうして、あそこへ行って、ついでにあっちにも行こう。」
というような順序を浮かべて動くのだが
今日はそれができなかった。
車を駐車して、病院内に入り、科のある二階へ上がる。
上がったところで受付を通っていないことに気がつきまた一階へもどる。
血液と尿の検査をして、内科に行く。
整形外科にも受付表を出さないとならないのに気がつきまた移動。
距離にしたら数十メートルしか離れていないのだが
普段何も歩かない私には「きっつ・・」という距離だ。
病院内は暑い。上着を脱ぐが、持つ手がない。
冬用の上着は厚くて大きいのでバックには入らない。
どうにか無理矢理持とうとして杖をついて歩くも
ばさっと落ちてしまう・・・・拾おうとしてもじょもじょしていると
今度はぼすっとバックを落とす・・・
ちょっと泣きそうになりつつ、また内科に戻り診察を待つ。
本を読むが、あまり面白くなくて、ぼおっとして待つ。
あるおじさんが「もう二時間も待っている」と言って受け付けの
おねいさんに切れていた。
「予約の患者さんがやはり優先なので・・」という説明も耳に入っていない。
「あと10分で帰る!」とか言い出す。だだっ子だなあ。
ああいう人は周りにも同じようにジッと何時間も待っている患者さんが
たくさんいるのは全く見えていない。
結局怒って帰ってしまった。
他の病院に行ったって同じことのくり返しなのに。
しかもまたふりだしに戻るだけなのに。あーあ。
などと思いながら待ち、診察。
薬の副作用で白血球が多く、コレステロールも高いが他は問題なし。
薬の量を減らしてくれよと言うと減らしてくれた。
それから今度は整形外科へまた行く。
レントゲンを撮ってきてくれと言われてまた移動。
エレベーターに乗ろうとしてボタンを押してくるのを待つ。
「チン」とついて扉が開くと中から若い男の医者が三人。
私が乗ろうとしているのが確実に見えているくせに
誰も「開」のボタンを押そうとか扉を押さえてくれるようなことはしない。
自分達だけぞろぞろとそろって三人でてきた。
私は急いで中に乗ろうとするも、案の定扉にガッツリ挟まれる。
「おまえら医者になる勉強するまえにもっと学ぶことがあるんじゃないのかああ!!」
とまたちょっと泣きそうになる。
憂鬱レベルもぐんぐん上がる。
レントゲンを撮って、撮った画像を持って戻らなければならないのだが、
私が杖をついて、上着も落ちそうに持って、しかもでかい写真も持ってと
困っていると、レントゲンの受け付けの女の人が、
「私が整形まで持っていきますね」と持っていってくれた。
腹が立つやつもいれば、いい人も絶対いるんだ・・・・と憂鬱レベルが下がる。
整形外科での診察を待っていると、
内科で怒って帰ってしまった人と同じような年令同じような外見のおじさんが
同じように切れて、帰って行った・・・・え?デジャブ?ですか?
整形外科の診察。レントゲンを見ながら今日もこの医者はうなる。
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。ううう〜〜〜〜〜〜〜ん。」
一年前とそんなに病状は進行してはいないのだけれど、
年令のことを省けば確実にもう手術した方がいい状態ではある。
股関節の専門の先生にも相談してみたけれど、その先生は
「早めに悪い左足を人口股関節にして、いい右の足を保護する方法」
「悪い左足の股関節の上の部分だけ切り取って、丸い部分を回して
いい部分を使うような手術を行なう」
ということを言っていたらしい。
が、この「手術」というのも整形の見解であって、
内科の先生が手術していいと言うかというとそれも別問題。
もし手術に踏み切ったとしても、まず人口の股関節は日本では
手に入らないようでドイツに特注で頼まなくてはならないし。
数十センチもばっくり切るんだから、傷がくっつくだけで
数週間(しかも私は薬で傷が治りにくい)、
足を伸ばすだけで数日、立ち上がるのに数日から数週間、
徐々に体重をかけていってやっと歩けるまでに数カ月。
その前にその手術が成功するかもわからんし、
手術の途中で死んじゃう可能性ももちろんある。
おおお〜大変やね。
「来月にMRIを撮ってみましょう」ということになる。
そろそろ車椅子が欲しいんですがと相談すると
「車椅子・・・いいね・・・車椅子・・いいよ。」
保険とかなんか、安く購入できるようになるシステムってあるんですか?と聞くと
なにやら医者はよくわからないようなので、
「ワーカーさんに相談してくれ」とのこと。
看護婦さんに別室に呼ばれて、レンタルで安く借りられるようなところを教えてもらう。
「でもたぶん、歩けるようにはならないので、ずっと使うとなると・・」
と私がぶつぶつ言っていると
「特定疾患の免除でどうにかならないか聞いてみるね」
と聞いてくれた。しばし待つ。
なかなか解答を出せる人がいないようでまたまた待つ・・
どうやらこういうことらしい。
私は特定疾患に申請して医療費の免除を確かに受けている。
これはまだ治療法が見つかっていない「難病」とされるものに対する免除だ。
その免除に私の足が対象になるのかならないのかがわからないと。
その病気のせいで足が悪くはなったんだけど、
まだ「障害者手帖」が出せるくらい悪いかというとそうでもない。
ただ確実に足が不自由である。でも自分で頑張って歩けないわけではない。
という微妙な状態なので、返答が難しいということらしい。
ぼへーっと待っていると、ソーシャルワーカーさんが登場。
「役所に問い合わせてみたけど、一度来てくださいということだった」
えー面倒だなあ、しかも静岡の役所ってどこだ??
という顔を私がしているのを見抜いたワーカーさんは
「すぐ近くにあるんですが・・じゃあ車椅子を押して私が連れて行きましょう!」
おお、思ってもいなかった展開になってきた。やっぱり変な日だ。
病院から徒歩5分というところに役所はあって、
そこまで車椅子で行ったんだけど・・・乗ってるだけなんだけど・・・
怖かった・・・
大きい道路とかすごい恐ろしかった・・・
私にはこんな生活が待っているのか・・・と憂鬱レベルがまた上がる。
役所に着いて、担当の人が出てきた。
特定疾患のしおりとかなにやら資料を持ってきて、
私が今どういう状態で、どういうレベルで困っているのか、とか
どういう生活を今していて、どうやって食べていっているのか、とか
いろいろ質問される。
どうやらわかってもらえたようで、
「申請できるか分からないけど、とりあえずやるだけやってみましょう」
ということになった。
それにはまたいろいろな資料が必要で、私は父の扶養家族になっているので
父親の税額がわかるものとか、車椅子の見積もり表とか
医師の診断書とかを準備しなくてはならないらしい。
お金の問題は手続きが大変だね・・・
そして申請が通りそうだったら、役所の人が我が家まで来て、
現状をきちんと見て(!)最終判断をするとかなんとか言っていた。
(ここまでの会話で、専門用語とか多くて、すでに私の眠った頭では
全く着いていけてなかったように思う。でも頑張った。)
「どうする?やってみる?」とワーカーさんに言われ、
ここにこうして自分がいるのも何かの縁だろうと思い、
「じゃあお願いします」とやることに決めた。
ワーカーさんは仕事がまだ残っているのに私の為にかなり時間を割いてくれた。
しかも、私のような身体が不自由な人の気持ちを知ろうとしてくれていた。
例えば、「診察に来る時も、病院に常設されている車椅子を使ったら?」と言われ、
「車椅子を運転するのも自分では難しいし、車椅子のところまで杖で行くと
今度はその杖を誰かに預かってもらわなければならない。」と答えると。
「ああ、そうだよね。あの駐車場にはボランティアの人がついてないよね。
あそこから車椅子に乗れれば、杖は車に置いていけるよね・・・今度提案してみる」
とか、
外での車椅子の運転で、段差でガコンガコンなることの連続なのだけど
「大丈夫ですか?足に響きませんか?なるべく振動のないように運転しますね。」
とか、普通の人なら気が廻らないが、不自由な本人は確実に思っていることを
汲んで、そして汲もうとしてくれていた(もっと知りたいという姿勢)ので、
「こういう人もいるんだ!すごーい!」と私は感動。
初めてソーシャルワーカーという職の人と接したが、
ビバ!ソーシャルワーカー!
(こんないい人ばかりではないんだろうけど)
また病院にもどり、こういう感じだったということを
看護婦さんに説明して、診断書をお願いする。
それから、今日の医療費を会計、薬を受け取る。
同じ病気で入院している先輩をせっかく来たので見舞おうと
病室に行くも、いない・・・
看護婦さんに聞くと、
「今朝退院しましたー」
おお、今朝ですか・・・入れ違いだ・・・妙な日だ。
この時すでに午後3時近く。病院に来たのは朝9時。
入院患者用の休むスペースでカロリーメイトで昼食。ぽそぽそ。
いろいろな部分がすでにこの時かなーり疲れている。
しかし、町に出る日が少ないので、今日すませておきたいいろんな事。
と思い、帰り道に税務署に寄る。
「納税証明書」が欲しいのだ。
税務署に着き、欲しいということを説明する。
父の証明なので、本当は父が取りにこないといけないんだけど。
私がもらう場合は委任状が必要なのね。
だけど父じゃないし委任状もない。
だめかねえ?と担当の人に相談すると、またいろいろと質問されるが
なんとかなるか上のものに聞いてみます。
と聞いてくれた。
そして出してくれた!おお!ラッキー。.
帰り道、だんだん空も晴れてきた・・・
いろんなことが何かの力によって進んだようなそんな日でした。
私は家に帰ってもう、ぐったりぐったり・・・もうだめぽ。