2005.12.22
自分から命を絶つことについて。
私はあまり自分から死ぬとか考えたことはなかったんだけど。
(私の場合は「このままいったら死ぬなあ・・」ということが多かったので)
今年はよく考えることがあったように思う。
それは死にたいなあと思うことじゃなくて。
多分身体の方が引き金になって精神的にもまいっていたんだろうなあと
今は元気なので過去の状態が冷静に分析できるのでそう思える。
私の病気はうつ病になってしまう人も本当に多くて
落ち込むうつ状態と逆にハイになってとまらない躁鬱状態の人
それが交互に襲ってくる人様々だ。
私もたぶん落ち込んでいた時に心慮内科とかに言って症状を言えば
きっと「うつ病」とか診断されて、薬とか出されるんだろうなあ
というのはいつも考えていることだ。
ただ、私は心の状態まで人に診断されたくないなあ・・・と本能的に思っていて
これは理屈じゃないんだけど。
身体がうまくコントロールできないで医者に頼っているのだから
心くらいは自分で見てあげたいというのもあるかもしれない。
身体の状態がいい時は私は心も元気なのできっとその変はまだ
バランスがとれているのかもしれない。
ただ、今年は身体の状態を気にするあまりに大事をとっていて、
やりたいことをやらずに過ごす時間が多かった。
これはまずかった。
だんだんと妙な気持ちになってきて頭から離れない。
「なんだかなあ・・・」とか
「あーあ・・・」「生きるのがめんどくさいなあ・・・」
この生きるのがめんどくさいと思ってしまうことが辛かった。
でも擦っても擦ってもとれないこびりついた焦げ目のように
ずっと頭のどこかにあって、ふとした瞬間に目にとまる。
何かをやっている時にはそんなに気にならなくても
気がつくとため息をついている。
これが嫌だ!とか身体が痛いとか、もうダメだとかそういう理由が
あるわけじゃなくて、ただめんどくさいなあ・・・
明日また起きてこの自分という存在を生きさせることがなんだかめんどうなのだ。
私はそこでああまずい状態だなあ・・・と思いながら生活していたのだけど。
鬱病の人が「朝起きられない」とかってこういうことからくるのかな?
とか思ったり。
私には近くに話しを聞いてくれる人がいるというのは本当に
素晴らしいことなのだなとそういう時に強く思う。
一人で抱えてもじょもじょしているのを笑ってくれる人というのは
生きていくうえで必要なのだ。
私はもじょもじょと真剣に悩んでいるのだが、はたから見たら
どおってことないことなのだと気付かせてくれる人達。
上手に生きられる人はこれが自分でできるのだろうけど。
昔は本当に心底辛い時でも笑っていてそれはすごく危険だと今はわかるんだけど。
でもはけ口というものが自分の中に存在しなかったから
仕方のないことだったというのも今ではわかってきている。
だから溜込んでしまう人がどうして愚痴を出そうとしないのか
どうして一人で全部解決しようとするのか
上手に消化できる人からみたら信じられないことも
私は自分がそういうタイプの人間で、ひどく溜込み傾向があるので想像がつく。
生きるのがめんどくさいなあと思っている時に
自分がどんな存在で
どんな責任があって
どんな人生を送ってきて
どのように育てられて
どんな未来を送りたくて
誰を愛していて
誰から愛されていて
自分が死んだら後の人はどうなるのかとか
「どうでもいい」し
どうでもいいから頭に浮かんでこなくなる。
これは怖いよね。でもそうだったな。
私は病気で、他にもいろいろと悩みもあって、家族もいて
毎日顔をあわせて私の状態を見てくれる人もいるからいいのだろうけど
一人暮らしとかで、誰にも悩みを言えなくて
あるいは悩みに自分も気がついていなくて
毎日毎日ぼんやりとどこかで「めんどくさいなあ」とか思って暮らしていたら
何がきっかけでいつどんな時に自ら死んでしまってもおかしくない気がする。
「めんどくさいなあ」と言うと簡単?というかそんな気持ちでと思う人も
いるかもしれないけど、つらいよー実際。一瞬じゃなくてずっとだとね。
人のつらさは私はどうやったってわからないし
私は私のことさえ分からない。
「生きたい人がこれだけいるのになんで死ぬのよ!」みたいにも思えない。
「世界はこんなに美しいのに」とか言えない。
そうじゃないからだ。
自分の命は自分のものなんだよね。
ただ人って生きていればつながっているから影響は大きいよ。
それは仕方ないことだと思う。
身近な人だったら、感情をどうしていいのかわからなくて
怒ったり哀しんだりするのかもしれない。
とこんなことを書いたのは最近少し身近で自分から命を絶った人がいたからさ。
もう少し書きたかったけど疲れたから
今日はこのへんで。
産まれたからには生きてやる♪ヘイ!
2005.12.20
あくび姉さんから5年分のクリスマスプレゼントを頂く。
豪華。
ありがたく飲ませてもらおう。
病院にて診察。
股関節の専門の先生に手術について聞きたいことなどを聞く。
不安なことも多かったのだが
やはり恐怖というものは無知からくるものなのだなあ
と説明を聞いていくうちに希望も見えてきたのでよかったと思う。
20cmくらいをがばっと切らなくてはならなくて
その映像をネットで見つけてしまった時はちょっと貧血おこしましたが。
「そんなに急ぐものでもないのでちゃんと決めていきましょう」
と早く早く!やるならやるよ!とせかされなかったし
めんどくさがらずにちゃんと質問にも答えてもらえた。
手術を行なう先生のしたに副主治医という形で内科の医師が
つくことになるので、私の今までのことを知った医師がいる病院で
受けることがやはり一番いいのかななどと考える。
もとの病気の勢いが増すのが一番怖いことなのでね。
あまり動かないのはよくないから運動した方がいいと言われる。
動きたいんだけどまだ胸が痛いんだよなあ・・・うーん。
来年は何だかんだで転機の年になりそうな気がする。
振り返ると今年はあまりいい年ではなかったなあ・・・
楽しいこといいことはあったんだけど
なんだろう、うまく言えないけど「あれ?」「また?」みたいな
ことが多かったように思う。
気持ちも落ち込んでいる時が多かったし、身体の変化も感じたし。
自分の干支の年っていうのは変化の時だというのでそうだったのかも。
(別に迷信的なものじゃなくて身体のホルモンの変化とか環境とか
そういうものと一致する時期なのだと思う。12才の時に生理になって
身体が激変してついていけなくて大変だったの覚えてるよ。)
考え方もずいぶんと変わってきているなあと思った。
「人間」としてまともなものを選べるようになってきた。
他の人は当り前にやっている、熱がでたら休むとか
そういう選択なんだけどさ。
それができなかったから。
人としていい方向に向かっている感があるので
いいとしましょう。
人って変わるんだなあ。
ふっと力を抜いた時にすっと入ってくる情報で
ああ私はこれを望んでいてそれは間違いではなかったんだ
と思うことが最近続いている気がする。
2005.12.16
コンパウンドってかけてるときりなくないですか?
やればやっただけピカピカになるので
そういう時だけ完璧を目指す自分がやりだすと
いつやめていいものなのかわかりません。
そして「やればやっただけ」成果が出ることっていいね・・・
単純作業ってはまってしまうし。
2005.12.15
生きることついて考えるという話し。
ずっと考えながら生きている。
私はご飯と水があれば生きられる身体ではないので
ずっとどこかで考えている。
病院で同じ部屋に白血病の患者さんがいて
近くで話しをいろいろとした。
ああ私は何にもわかっちゃあいないんだな・・・
と切実に思った。
骨髄移植をしても4割の人は死んでしまうこと。
移植から100日間は地獄の日々が続くということ。
口の中が口内炎で全部うまってものが食べられないとか
1リットルくらいの下痢がずっと続くとか・・
けれども薬だけで治療して一度治ったとしても7割は再発すること。
ほおっておけば確実に数カ月で死んでしまうということ。
自分の大切な人がそんな状況にいるという家族の事実。現実。
私っていうのはまだ「生きられる」人なんだなと強く思った。
もちろん白血病の人でも元気になって
再発もなく人生を送っている人もいるのだけれど。
本当に手の届くところにまで「死」というものが
まるで形を持っているかのように確実に現われた時に
自分はどうするのだろうかなと思った。
きっとそれでもただ生きるのだろうなとも思った。
病院っていうのはいろんな病気の人や怪我の人
その人生までも見たりする。
でも、どんなに近くにいても、自分以外は本当に見えていないで
生きているものなのだな。
同じ世界にこうして命をもらって生きているのだけれど
結局私は「私」しか生きることはできないのだな。
自分が車椅子に乗るようになって
初めて知ることばかりで、それは辛いことが多くて
ああ何にも知らないんだ そう強く思った。
今回のことでも癌の人とか近くにいたこともあったけれど
でも全然わかっていなかったんだと痛感した。
「生きられる確立」という話しを医者は淡々と話していって、
部屋にぽつんと取り残されてその人は泣いていた。
私はなんて声をかけてあげればいいのかわからずに
かけられる言葉なんて見つからないよとただオロオロしただけだった。
その人と仲良くなればなる程に
良くなって、元気になって欲しいという気持ちと
辛い事をなるべくないように過ごして欲しい気持ちと
その人がもし死んでしまったらという恐怖が
どんどん大きくなっていった。
ああ、私の中でもこの人が生き始めていると感じた。
人の辛さまでを背負う気はないけれど
でも私の心は痛むし、私の頭は考えるんだよ。
それがきっと「関係」するということなのかもしれないね。
病気の人だけじゃなくて
健康だった人がある日突然事故で死んでしまった。
存在がなくなってしまう。
もう会えない。
それは絶対。
この世にある数少ない「絶対」だ。
どんなに会いたくても、どんなに必要でも、どんなに愛していても。
世界のどこの誰でも同じように。
思い出せば、存在があることになるかもしれないし
心の中に生き続ければ、生きていることと似ていることなのかもしれない。
だけど血を通わせながら
たくさんの間違いを侵しながら
愛したり嫌ったりしながら
この触れることのできる身体で生きていく。
触れることができるという
存在の「絶対」
触れることができるものは
そこに存在しているという確実な事実。
大きいと思う。
とてつもなく。
そんなことを考えていたこともあって
どうでもいいことがどんどん増えていった。
どんどん切り離して
どんどんシンプルになって
身軽になって
生きていきたいなあと思った。
どうでもいいことって本当に多いなあ。
人のことはその人が好きだろうが嫌だろうが自分で面倒をみるんだから
私が他の人のことまで考える必要ないなあと思った。
いままでは他人のことも自分のことのように考えてしまっていたところがあるが
また、近ければ近い人ほど融合しているように思っていたが
それは間違いだ。
私は自分勝手で自分自分ばっかり言っているよな・・・
と思っていたがそうではなかったんだと気がついた。
知らない間に自分勝手に背負ってしまっていたような。
どうでもいいんだなそんなことは。
「自分よければすべてよし」って言葉嫌いだったんだけれど
見方を変えればこんな素敵な言葉もない気がする。事実だし。
もちろん人に迷惑かけていいとかそういうことではないよ。
そんなことは当り前だ。
迷惑かけたくないと思っていたってかけちゃうんだけどさ。
ぼや〜っとしていたんだね。自分の輪郭が。
だからどんなものも自分と重なってきてしまう。
もういいかな、そういうのは。
それは私じゃないなあとか
私の中にその部分はないなあとかが
あっていいと思う。
輪郭をはっきりさせるとね
ぶつかってくるものがたぶん増えるんだよね。
だから曖昧にした方が楽なところはあるのかもしれない。
逃げてたのか、そうしないと生きられなかったのか
それはわからないけれど。
自分から逃げたくて仕方なかった部分がそうさせていたのかもね。
身体がつらいと身体から逃げたかったもんなあ。今でも逃げたい。
逃げれるもんならね。
でも無理らしいんだよね。
やっと等身大の自分に近付けてきたのかな。
産まれてきて、生きて、私もいつか死んでいく。
怒って、泣いて、悩んで、愛して、疲れて、喜んで、笑って・・・
その一定の期間をただ生きることしかできないのが
私であるんだなあということなのだろうね。
人は「人ができる以上のこと」というものはできない。
そういうことだね。
2005.12.14
胸が痛いのが大分良くなってきたようだ。
このまま自然に消えてくれー
午前中に市役所の人が私の状態を視察しに来た。
車椅子の免除の時に産休で休んでいた担当の人だ。
いろいろと話しをするが、隣に座っていたばあちゃんが
一番喋っていたような気がする。
そしてばあちゃんはものを見ていないようで見ているもんだなと思う。
あと自分の都合に合わせて話しが変わるね・・・そんなもんか。
どうやら私のように何かを申請するとその後の状況を見に来るようになるらしい。
病気が病気で特殊なので、補助を受けられにくかったりすることが多いが
なるだけ力になれるところはなりたいので何でも相談してくれということだった。
私は今までは病気事体が悪くなってすごく大変な状況になっても
ステロイドを大量に使えば何とか普通の人と同じような生活を送れていた。
(ここでの普通というのはあくまでも「生きる」レベルね。
日光に当たれないとか、無理はできないとか、骨折しやすいとかはあるということ)
でも副作用によって歩けなくなったことは生活というよりも
人生をがらりと変えざるをえないことで、一気にできないことが増えた。
補助というものを考えたのもごく最近だ。
病院生活を送っていると自分よりもひどい人は本当に多くて
自分はまだまだ幸せなんだなあと思うことばかりだったので
そんな自分が補助を受けられるもんかねという気持ちもあった。
あとはただ面倒くさそうだなと思っていた。
絶対にややこしい手続きばかり山積みなんだと思っていた。
ら、その通りだったし・・・
お金に関する大事な審査だから簡単にして誰でも通るのでは困るが。
(そんなにややこしくはないんだよ。資料とかを集めるのは面倒だけど、
できないことではないんだ。ただ、私の場合は今回の足の方での補助を
受けるにも足が悪くなった時期と発病した時期がずれたりすると
病気のことからいちいち申請する場所の人に説明しないとならないのだよ。)
自分のこととかね、生きることとかね、
ちょっとどうでもいいと思ってきていたんだ。
まあたぶん体調が悪かったからそういう気持ちだったのかもしれないけど。
絵を描いたりすることも、何かを出して人に見てもらうことも、
必死になってもがいたりあがいてみたりすることも
なんかパワーでないや・・・どうでもいいや・・・
なんだかもうわからないや・・・
そんな気持ちになっていたように思う。
こんなふうにはっきり言葉として思うのではなくて
もっと薄ぼんやりとスライムのようなものに身体ごと沈んでいくっていうか。
あー別に苦しくないしーこれでいいかなー
もう苦しいの嫌だなー嫌だよー
一生懸命やりたいけどさ、やるとまた入院するんだよ
だったらやらなくていいかな やらなくても人生って終わるよな
自分の力ではどうにもならないことが多すぎる気がして
何だかここにこうして生きていることがむいていないように思う。
とそんな感じだった。
年のせいかなとも考えた。
十代の時みたいに「命に変えても!」っていうのが確実になくなってきている。
もっともっとギラギラしていたんだけどな。
どこいっちゃうのかな。
身体の若さと比例しているんだろうなあ。
悲しくもなくて、嬉しくもないね。
だって今振り返ると怖いもん当時の自分が。
よくここまで生きたねえ。
でもそのパワーはすごいものを生み出せるものだったんだよね。
だから無くなってしまうことに不安は感じる。
でも必死に掴んでおくものでもないように思う。
私は芸術肌ではないなあとずっと思っている。
掴んでおこうと思わなくなったっていうのは致命的なもののようだ
というのはわかっているんだけど。
頑張れないなあ最近。頑張るのが怖いよ。
(今きがついたが私の「頑張る」はイコール「無理をする」っていう
ニュアンスだわ!びっくり。これじゃいかんはずだよ。)
小さい時は、屋根とか平気で歩いたりできたけど
いつからか怖くてできなくなったなあ。
そんな感じなのだろうか?
年をとるってそういうことなんだろうか?
悲しくはないただ切ないだけで。
ああこういうもんかなと思う。
話しがずれたが、そう結局どうでもいいと人任せになっていくんだね。
だから自分のことで役所とかに申請するのもおっくうなのだ。
でもそんなことを言っていられない状況というものもあるもので
何とかしようと思うと何とかするものなんだね。
どういう制度があるとかさ、自分で自発的に調べないと
誰も教えてくれないのだから自分がやらねば。
ちゃんと自分のことを見て、面倒をみてあげなくてはだめだ。
無理はしなくていい。
ただきちんと「生きて」から
死んでいきたいと思う。
「生きる」ってことをまたよく考えている。
そのことはまた今度・・
2005.12.13
さくさくと絵を描き始める。
やっぱり楽しいなあ。
楽しいなあ・・・
2005.12.12
病院に行く。
血液検査と尿検査をする。
白血球が減少傾向だったのがとても増えて良くなっていた。
(私の病気は勢いが強いと白血球が減ってくるのだよ)
入院する前は上がっていた身体の炎症反応も正常値になった。
なのでデータ的には身体の状態はとてもいいということになる。
「でも胸がまた痛いですよ・・・」
と言ったら医者は
「ぇえ〜?」
いや、えーって言われてもさ・・
なのでやはり軟骨炎を疑うべきなのかもしれないという結論に。
治るまで数カ月かかる場合もあるらしい。
そして安静にしようが動いていようが関係ないようだ。
なんだー寝てなくてもいいのかー
病気の方ではないことがわかっただけでも安心した。
気持ちが落ち着くと身体も落ち着くもんだ。
2005.12.10
寒いのがいけないのかまだ胸が痛くなる。
日溜まりで背中を暖めたり
布団の中だと痛みが和らぐので
寒いのがたぶんいけないのだとは思うのだが。
今日は朝起きたら部屋の中は6度だったよ。
帽子をかぶって寝ている頭がキンキンに冷えていたよ。
作業をすると痛さが増すので
結局一日ごろごろと寝ている日々。
映画を見るでもなく本を読んでいるでもなく
(調子の悪い時には何をしても「入って」こないから
それなら寝てた方がいいような気がするので)
ベットに横になって
でも寝ているでもなく
ぼーっと壁とか見たり
あー人生どうしようかなとか思ったり
それで一日が終わっていく。
・・・・
早く脱出したい。
薬増やせば良くなるかなあ。
でも増やすとまた骨が減るんだよね。
でも今って今しかないんだよね。
常夏の国に本気で永住希望。
2005.12.6
二週間程入院してきましたよ。
去年と同じ日に入院してしまいました。
緊急で行ったのに半日以上待たされたり
いろいろ検査したが結局また「原因不明」であったり
同じ部屋に白血病の方がいていろんなことを考えたり
ありましたが無事に出てきました。
今回は病気の方をなんとか出さないように
熱冷ましと痛み止めの効果がある薬でなんとか乗り切った。
よかったよかった。
今は家でぼつぼつと生きています。
ここんとこ悶々としていたのはやはり
「体調が悪かった」という理由だったようです。
わかってはいるんですが。
私が凹んでいる時は何かが起きた時ではなく
絵がうまく描けないことでもなく
誰かが何かをしたとか
世界が暗いニュースばかりだとか
そんなんではなく
ほとんど体調が悪いことが原因なんだと
再確認しました。
結局自分なんだよなー
いろいろあったってさと思いました。
元気が一番。
でも家に帰ってきたら寒さがいけないのか
また胸が同じように痛くなってきた・・・
戻りたくないなあ。
(息ができないくらい痛くなったから緊急入院したんだよね)