2006.9.28

病院。包交。
やっと膿が止まった・・・
一週間毎日通ったが大変だった。
今月病院に行くのも今日が最後だ。

季節の変わり目で
私も確実に変わっていく。
変化に弱いので
何とかバランスを保とうと
絵に向かう。
でないとまた
考えて考えて
べしょべしょ泣いたり
してしまう。
私の絵は、どう見られるとか
誰かが何かを感じるとか
そういうものではなく
もうどうしようもない癖というか
そんなようなものなのだろう。
やらなければいられないだけなのだ。
どういうものができるとか
そんなことよりも
衝動なのだ。
それでやっとこ生きているのだ。
なんとも不自由だが
自由なのだ。


2006.9.27

今日も病院。
まだ膿が出るのだが。。。
しぼっても次の日には溜まっているということは
夜のうちに作られているということ?
いつまで続くんだろう・・・ちょっと怖くなってくる。
出るまでは傷を塞ぐわけにわいかないようで(そりゃあそうだ)
まだガーゼを埋め込まれる日々。
旅に出る予定だったのだが、これでは予定が立てられない。
こまったなあ。

朝すごい寒かったのだが
午後になったら夏のように暑かった。
眩しすぎて目がとても疲れた。


2006.9.26

今日も病院。
昨日は二時間待ったが
今日は看護師さんが気をきかせてくれて
(この看護師さんは数年前に病棟でお世話になったのだけど
私のことを覚えていてくれて絵を描いていることまで 覚えていてくれていた。
しかも私の載った記事を切り抜きしてとって置いてくれている!おお〜。)
三分も待たなかった。
そして乳を絞られ、(出るのは膿なのだが)
ガーゼをつめられて帰ってきた。
前回同じ感じになった時は2、3日通っただけだったのだが。
今回は我慢していたので悪くなってしまったようだ。
なかなか治らない。
治らないと言えば
まだ手の指も治らない。
今日はあまりにズキズキ痛むので
押したら膿がまた出てきて
いじっていたら肉が剥がれて穴が空いた。
いろんな所が腐っているなあ。
何かを懸命に出そうとしている感じはあるんだけど。
何と戦っているんだろうなあ。


新作を描き始める。
少し絵の感じが変わってきた。
自分以外の人にはわからないかもしれないが・・
確実に変わってきている。
新しいことをいろいろ試してみたい。

退院してから展示のために動いて
嵐のような展示が終わったら
気持ちをどう落ち着けていいのかわからなくて
なんだか変な感じで
「どうしようもない」感じで
落ち着けるには
私には創作することしかないのだと
思い知った今日このごろ。
本当に私は簡単にダメになる。


2006.9.25

叶うことのない片思いばかりをしている。
胸も頭もそのことでいっぱいになる。
でもひどく片思いだから
向こうは私のこの裂けそうな思いが
地球に存在していることさえ
知ることもない。
そのこともあまりに切ない。
切れそうに痛くて
甘く愛おしい。
どうすれば楽になれるだろう。
触れたいのに
触れられない。
消えてしまうのに
引き止められない。
残ったかけらを手にとって
きっと私は涙する。
忘れまいと何度も思い出し
きっと忘れてゆく。
どうすればいいのだろう
頭がおかしくなりそうだ。
息が止まりそう。
本当は抱き締めて
大好きだよと言いたいのに。
生きることにも
絵を描くことにも
そして貴方にも。


2006.9.24

いろいろと回って疲れたら
夜不安発作の前兆がきてしまった。
大丈夫なようで、
本当はまだまだ
不安定で落ち着いていないんだな。。。


2006.9.22

病院に消毒に。
消毒だけかと思ったら
まだ(膿が)出るねということで
胸をぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう絞られる。
あまりに痛い。が 我慢。
またガーゼを針金みたいなので
傷にぐいぐい埋め込まれる。
ベテラン医師は容赦ないです。
しばらく通って下さいということ。
続くのかこれが・・・

帰ってくるとぐったりして落ちる。
気が付くと夕方。
夕飯食べたらすでにもう眠い。
いくらでも眠れる。


2006.9.21

病院。検査。診察。
検査結果がいまいちだがまあ落ち着いているので薬を一@減らす。
そして腫れてきて全く治る気配のない右胸を見せに外科へ・・
3時間近く待ってやっと診察。
エコーで見てかなり膿んでいるようで「よく熱出なかったね」と言われるが
それは痛み止めを飲んでしまっていたからです。。。
やはり切って膿みを出すということになって
局部麻酔・・この前の先生と違って今日の先生は「痛い?まだ痛い?」
と聞いてくれるのでよかった。
前は刺しただけで何も聞かずに「はい、メス」だったので。
胸全体に膿みが広がってしまっていたらしく
(GEISAI直前に切ったら出展できなかったから)
「まだ出るね・・・これは深いね・・・
とめどなく出るね・・・本当にとめどなく・・・
まだ出るね・・・とめどないね・・・」
傷口を機具でがんがん開きながら膿みを押し出す
先生の「とめどない」を何度も聞く。
結局10回くらいどろどろになったガーゼを取り替えて
途中何度も麻酔を追加して
私はその痛みに耐えて耐えて耐えて耐える。
やっと終わるとあまりに頭に力が入っていたらしく
すごい頭痛。ああ胸も痛きゃあ頭も痛いよ。。
傷口にぐいぐいガーゼを詰め込まれてあるので
明日はそれを抜きにまた行かねばならない・・・・
行きたくない・・・痛いの嫌・・・
あまりにくり返すようならば乳首の形を変える手術をした方がいいそうだ。
また手術かい!簡便してよ・・・


2006.9.20

Macちゃんの調子が悪い。
画面がビクビクッとなるのだ。
相談すると「それはMacが突然死する前兆だね」と言われる。
バックアップというものを取った方がいいらしいが
バックアップってなんだ?データのことか?
とにかく必要な情報だけ取り出しておこうと
試してみるもCD-Rが合わないらしく焼けない・・・
むむむ・・何故??
コンピューターって苦手だ。
一瞬で無くなるデータの恐ろしさよ。
そして必要なものを考えていると
「本当に必要なもの」ってここあったかな?とも思う。

額を頼みに行こうとするが
電話すると今日は定休日だという。
また今度か・・明日病院で切られたらいつ行けるかな・・


2006.9.19

GEISAIに行って来ました。
もういろんなことがあり過ぎて書ききれません。
ずっとカメラが付いていたことや
スカウト賞を二つも頂いたことや
KIKIさんと会えていきなり告白したことや
(美人は世界を救うね・・・)
作品が売れたことや
緊張したスピーチやら
多くの再会や
数えきれないくらいののはじめましてなど
ものすごーく充実した一日でした。
展示も満足いくものになりました。これが重要だった。
きちんと人と対応できるくらいに体力もあったので
それもよかった。
元気って本当に大事だ・・・

今回は私がGEISAIの実行委員会に送ったメールから
話しが大きくなってきて自分のことが
ドキュメントという形で世に出ることになった。
私はカメラを向けられることも
知らない人が家に入ってくることも
自分のことを話すことも
ましてや自分の喋っているところを画面で見ることも
とても苦手(嫌いと言ってもいいと思う)なのだ。
引き受けた時は、取材も一回だけで
画像として使われるとしてもほんの少しだろうな
くらいに思っていたのだ。
だけれども、「追って取材を」ということになっていき
気持ちの整理もできないままにカメラを向けられていた。
途中手術をして、心身ともにめちゃくちゃになってしまい
これからの自分のあり方を考え悩んで
作家としてではなくこれでは人として生きていけない
そんな感じの状態の時に
「それでもあなたは作家としてやっていくのですか?」
とつきつけられているようで、弱っている自分には
とてもとても辛かった。
ここまでしなきゃいけないものなのか。
正直もう休みたかった。
何も考えたくもなかった。
答えを知りたいのは自分自身なのに、そう思った。

出来上がった映像を見て、どんなものになったとしても
絶対に落ち込むであろうことは予想していた。
でもどうしても作家としてではなく病人としてとしか見えなかった。
病人という先入観を持って作品を見てもらうのが嫌だった。
私っていいネタだったんだな。そんなふうにも考えてしまった。
好きにすればいいよもう触れたくもないよとも思ったが
それではいけないと思い直して、感じたことを全部言って
村上さんやディレクターの方とも衝突した。
なんでこんなことで消耗しなきゃいけないんだ!とも思ったが
衝突して、映像の作り手の思いや、村上さんの考えなど
やっと見えてきて納得がいった。
(納得はしたが苦手なのは変わらないが)

GEISAI当日に何人かの方から「映像を見ました」と言われた。
勇気づけられたとか、頑張ってくださいとか
各々思ってくれたようで、みんなそれがいい方向に向いた感じの
感想だったので、そういう人が一人でもいるのなら
私のやったことにもいい意味があったのだろうとやっと実感した。
特に同じ病気の方で、やはりつらさが分かるというので
涙ぐみながら話しをしてくれた人がいて、
その涙の重さを私もわかるのでその人が勇気づけられたのなら
それでいいじゃないかと思った。

自分はどう生きていきたいのか
作家としてどうやってやっていくのか
人と分かりあうとはどういうことなのか
その為にはどうすればいいのか
メディアってどういうものなのか
まだまだ答えはでません。
きっとこれからも出ないように思う。
だけれどこの数カ月で
いろんなことを経験し勉強できたのも確かです。

これからどうなるのか
どうしようかなという感じですが
少し無理はあったかもしれないけれど
GEISAIに出られて
よかったと思う。

そして来てくれた人
私を応援してくれた人
助けてくれた人
多くの人に
ありがとう。

そして私はまた前に進みます。
(ストレスの原因を書くまいと思っていたが書いちゃったね)


2006.9.16

今から出発です。
数日前から以前膿みが溜まってさくっと切られた
右の乳首がその時と同じようにぐんぐん腫れてきていて
下着が当たるだけで激痛が・・・急所なのに・・
あああああこんな時に限って!
絶対ストレスだ。もう嫌だ。
無事に展示が終わるか不安なので愚痴ってしまう。
痛み止めいっぱい持っていくしかないか・・・
って胃も痛かったんだったわ私。
とほほ。
でも!いい展示になると思う!


2006.9.15

自分が守りたいものって何だろう
大事なものって何だろう
私は一体どう生きてゆきたいのだろう
何をしたいのだろう
何をしなければ生きられないのだろう
どこまで耐えられるのだろう
何を得て
何を無くしてゆくのだろう

一つの小さな存在を
懸命に生かすしかなくて
どう見られようとも
何を言われようとも
小さな存在は変わらずに
そこにあって
それはそれは小さな存在だが
私にとっては
宇宙くらいに大きな
自分という存在
どう生かして
どう死んでゆくのか
全ては自分次第


私は与える
あなたという存在に
私の存在を
一体にはなれなくても
私は受け取る
あなたという存在を
少しづつ重なる
一つの存在は
実は数え切れないくらいの
魂のかたまり


2006.9.13

身体がずっと毒っぽい。
色んなところに膿が溜まってきてる。
私の血液は一体何と戦っているんだろう?


2006.9.11

どうにもこうにも以前、急性胃腸炎になった時と
同じ症状がでていてよろしくない。
原因はストレスでそのストレスが何なのかも
わかっているんだけどね・・
ここでは書くまい。うう。
今また入院するわけにはいかないので
休んだり気分を変えたり(するように努力して)
なんとか良くなる方向に持っていくようにしてはいるが。
頭ではそんなにダメージ受けていないつもりでも
私は直接身体に出るからなあ。
腕に赤い斑点でき始めるしさ・・危険。
そんな数日間を過ごしている。


でも大好きな人からの愛のこもった手紙やら
いろんな方から励ましのメールを頂いたりやらで
濁った視界がクリアになったりもする。


入院生活で私はリハビリが好きだったのだけど。痛いけれども。
棒のように動かなかった足がだんだんと動いてくるように
身体が変化していくのが本当に日に日に分かったし。
身体を動かすと悶々とした気持ちが軽くなったし。
真面目に家でも続けていたら
だんだん腕とか筋肉が付いてきて、
ぷよぷよだったお腹も締まってきて
ああ身体って変わるんだ。面白いなあ。
とは思うのだけれど。
何かが足りない。徹底的に。
それはリハビリの先生なんだな。
私はあの笑顔に何度救われたことか・・・
マッサージとかが恋しい・・・
(恋しいってもう恋だよね)
あの毎日の何気ない会話が懐かしいな・・


会いたくてもなかなか会えなかったり
もう会えなくなってしまう人のことを思って
切なくなったりする。
秋です。


2006.9.6

通院。
指と足の診察。
どうにもスッキリ元気にならないのは
この指と足が痛いからにほかならない
ということはわかっている。
どこかが痛いと本当にダメだなあ・・
痛みに甘えていると言われれば仕方ないが。
特に右足の股関節が痛いのがいけない。
痛さよりも「恐怖」なのだ。
確実に潰れていく感覚が怖いのだ。
せっかく手術をしたけれど
車椅子を手放す生活はもう一生無理なのかもな。。。
そんなことばかり頭に浮かぶ。よろしくない。

基本的には元気なのだがね。

今日診てもらった先生は来月で病院を変わってしまう。
寂しいなあ。。。ああ。
病気になってから十数年
私は何人の医者と関わってきたんだろう。
何十人っているからもう思い出せない人もいるなあ。
大学病院とか若ーい先生が二週間交代で付いたりしたっけなあ。
みんなどこかで元気に生きているのかな。
そうだといいな。
そんなことを思った。


2006.9.4

冷静に自分のことを見ているように思っていても
他の視点から見るとだいぶ違って見えるんだなあと痛感。
ああそう見えるのか・・・
そして見えた部分だけで人は人を判断するしかないから
見せた部分によって「私」というものが決まってくるのだな。
以前のようにみんなに自分のことを
きちんと知ってもらわなければというのは
少なくなってきたけれど。
画面に映った自分の姿は厳しいなあ・・・リアルな他人の視点なんだよ。
私ってこんなくもった声でこんなにもじょもじょ喋るんだねえ。。
言いたいこと、何にも言えてないねえ・・・
二重顎だしさ・・・しょぼーん

他にも絵のことやら何やら
いろいろと頭の中を回っているが
なーんにも考えられない日。


2006.9.3

村上さんが我が家を訪問。
パワーのある人だね。。。

「言い訳」と「説明」って
似てますよね?
私の説明って言い訳にしか
聞こえませんか?


2006.9.1

美容院に行く。
髪の毛の色を赤に変える。
秋だしね・・・
定員さんと服の話しをしたり。
高いものっていうのは
やっぱりそれなりの行程を経ているということ。
実際「自分のものにして着てみる」ことが
どれだけ大事か。
ということなどなど。
そうだよなあいいものって
違うんだよなあ・・・と思い出す。
物は確かに物以上にはならないのだが
バックグラウンドがあるわけでさ。

そして単純な私は影響されて
帰りに服屋によってパンツと帽子を買う。
頑張った自分に御褒美さ。と言い訳。
まともに「ああ買い物したわ」っていうのが久しぶり。
必要に迫られて買うものはあるが、
服って娯楽だからね。

「見た目」に気を使えるのは元気な証拠。
元気じゃない時はまゆげがつながろうが
ひげが生えようが髪とか臭おうが関係ない。
だってそれどころじゃないから。

服とか化粧とか楽しいもん。
(たまにめんどくさいけど)
買い物とか好きだもん。
(お金がある範囲でね)
本当は綺麗に生きたいんじゃん自分は。

そんなこんなで少し前には考えられなかったことが
考えられるようになって
ああ回復してるわと思ったのでした。