2008年12月31日

実家で大晦日。
紅白を見るわけでもなく、ダラダラ過ごすわけでもなく
ヒロチン先生の確定申告の手伝い・・
みんなで真剣にレシートを分ける作業。

一息ついてテレビなど見ていると年が明ける。
「明けましておめでとうございます」
一応正座してお辞儀。
「本年もよろしくお願いします」

お風呂から出ると茶の間から
レシートの計算の続きをしているヒロチン先生の声が聞こえる。
電卓を打っているのは父。
「ねがいましては〜」という声を聞きながら眠る。


2008年12月28日

餅つき。
北村家が遊びに来る。
実家は山奥だと聞いていたからもっと山の中にあるかと思ったらしい。

杵と臼でつく。
一つは餅米から、あとはつっきー君がついたものを仕上げる。

それぞれのパートナーと組んでぺったんぺったん。
父と母。アッキーとアヤコさん。私とはじちゃん。
そう言えば餅をひっくり返すの初めてなんじゃ?
体力低下しているのですぐに息があがる・・ぜえぜえ
なんとか出来上がる。
餅つき楽しいなあ。

できたての餅で作ったあんころもちが大好き。
これは出来立てでないとダメなのだ!
我家はあんこかきなこか砂糖醤油でしか食べてこなかったが
(基本的に我家の食べ物は全て甘いのだよ。)
納豆とか大根おろしとか鮭とか、磯辺焼きとか・・味の幅が増えた。
大人になるっていいことだなー

玄関先にテーブルと椅子を出して
七輪で魚とか肉とか焼いたりしつつ・・
日はキラキラしていて・・何だこれは・・
なんて幸せな年の瀬。
北村家とこんなに親しくなっていることの不思議。
年がもうすぐ終わる
終わりの感じだけれど
その先には新しい年が見えている

いい感じ。

ミニ鏡餅とか作ったり、切ったり包んだりして終わる。
いつもこの大変な作業をばあちゃんと母ちゃんでやっていたのね〜。


2008年12月27日

忘年会を休んで年賀状を書いたりする。
プリンタを新しくしたら素晴らしい働きをしてくれるわ。

年の瀬で、ぼんやりと今年はどんなことがあったのかを振り返ってみたり。
いろんなことがあったなあ・・
でもそのどの記憶にも笑顔が見える。
素晴らしいことだ。

もちろん大変なこともあったけれど
思い返せばそれほどひどいものでもない。

一日一日が無事に過ぎてゆく
そのことが今自分にとって一番大事なのかな。
あまり未来のことを心配しなくなったし。
たぶんなるようにしかならないので
自分ができることは半径一メートルくらいのことしかないだろうし。
その中でやれることをきちんとやっていくしかないのだ。

私は聖者にはなれなそうだ
孤高の画家にもなれそうにない。
創作だけが全ての生き方はできない。
憧れるけど無理なのだ。
俗にまみれて、それでも悩んで
ぐちゃぐちゃに生きていくのだろう。
きっとそうしないと生きてゆけないだろう。

大切なものが変わっていって
小さな時にキラリと光っていたものの大切さを
もう一度知って
それを磨き始めたところ のような。

ちょっとまた自由になってきたかもしれない。

変わることはないと思っていたけど
どんどん変化している。
自分でも面白いくらい。
もとからそんなに本気に本当の「自分」ってないのかも。
そりゃあそうだ、親から産まれた時点で
もう遺伝子は決まっていて、
良くも悪くも親のコピーのようなものなのだろうし。

大ーきな大ーきな流れの中の
ほーんのほーんの一瞬に過ぎない私の命
そう考えるとちょっと楽かな。

そんな中で「自分は 自分が」ってあんまり言っても
仕方ないか そんな気がする。

ここで日記を書くのももういいかなーと思い始めている。
言いたいこと、いくらでも書くことはできるのだが
その欲求がなくなってきてしまった。
書くならもうちょっとちゃんと「文章」を書きたいなあとは思う。

先日家から十代の時に書いていた散文のような日記を持ってきた。
ああ溜っているなあこいつ
と思った。
今は発散できること、どうでもいいようなことを
どうしてあんなに溜め込んでいられたのだろう
自分でなんでも答えを出そうとしていたのだろう
血の気が多かったからか
人生経験が少なかったからか

アップダウンが激しいこと。
自分で世界を敵にまわしていたし
恋いこがれていたし
全部諦めていたなあ
というのを思いだした。

ただすごく辛い時もあまり不幸だと思ったことはなくて
だから私がまだ生きていられているんだと思う。
これは性質か、親の愛情かはわからないが
きっと運がよかったのだろう。

もし、元気だったら
たぶんものすごい嫌なやつになっていたと思う。
これは確実だ・・想像するのも怖いくらい。
だからって病気になってよかったとも思わないけど。

病気になっても驚かなかったし、
やっぱりねというか
決まったレールを走っている感じがした。
絵を描き続けていることも
いろんな人と知り合うことも
なーんとなくどこかでわかっているような。。

ああ生かされているわ・・

と思わずにはいられない。


2008年12月26日

式場に打ち合わせ。
いよいよ準備が本格的に始まります!という感じ。
やることや決めなくてはならないことが
一気にやってきたー。
来年は動く年になるなあ。

病院に経過を見せに行く。
年末休みに入ってしまうので混んでいた。
薬が効いているようでよくなっているということだった。


2008年12月25日

お風呂に入ろうと思って
傷に詰めてあるガーゼを抜いたら
すごい勢いで膿と血が出てくる。
ドロドロと止まらないので慌てる。
がなんとかなった。。危険だ。


2008年12月24日

クリスマスイブだが病院へ・・
また胸に膿が溜ったので
手術の同意所とかサインして切開。膿を大量に出してもらう。
ちょっと前から兆候があったので嫌な感じはあったんだけどね。
暖めたりしたらなんとか良くなるかなという期待は裏切られ
メリメリと皮膚を押し上げてくる。
あまりに胸の形が変形しているので同情されるし。。
まあ痛いこと痛いこと。
ブラジャーも付けられないくらいになってしまったのでまた切開。
これで三度目だーもう嫌だー。
身体の中に出来てしまった袋を取らないとダメらしいが・・
またざっくり切るの嫌だなあ・・しょぼーん

切開は痛いことは痛いが
腫れている痛みよりはましだ。

年末はいつもどこか調子が悪くなる。


2008年12月22日

朝起きて朝食を頂いているとベニーが半泣きで起きてくる。
そして私とはじちゃんの顔をみて動きが止まる。
どうして私達がいるのかを理解するまで数秒間「え?なんでなんで?」
だんだん顔がわあ〜っと笑顔になって
その脳みその中の変化が手に取るようにわかって面白い。
そしてまたテンションの高い彼女の一日が始まる。

ドライブデート?をする。
目的地が休みだったので、お昼ご飯の場所を探す。
気になっていたという「とろけるタンシチュー」の店へ。
一押しメニューのタンシチューは結構いいお値段。
でもせっかくだからと頼んでみる。
サラダとスープ、飲み物はバイキング。
全体的に値段が高いかなと思ったが
バイキングの内容もデザート(重箱に入ってた)も充実していたので
満足だった。
私の食べている目の前でベニーはサラダ、パスタ、デザートをがつがつ食べる。
大人になったなあ!
粉チーズをジュースのように飲む勢いだった。

帰りに市役所で婚姻届けをもらう。
が、担当の人が間違えて離婚届を持ってくる・・コントか?
間違えた人の「わたくしなんてことをおお!」という反応がおかしかった。
まあ、いい思い出ができましたわ。

カフェOCOにも行く。
マフィンだけじゃなくてちゃんとしたカフェレストランだった。
若いのにお店持ってすごいなあと感心する。
アヤコさんとお店っていうよりは「自分だけの場所」が欲しいんだよね
というのを話す。わかるわかる。
マフィンを買って帰る。うまい。

家に帰ってくるのに「近くなったなあ」と思う。
今回の訪問で、アヤコさんと私の共通部分(昔の愛読書が一緒だとか)
を見つけてとても嬉しかった。うふふ。

何かあまり意味とかないような楽しいことしよう計画を立てたいが
よく考えてみたら何にたいしてもあまり「適当」って出来ないことに気がつく。
打算が多すぎなんだよ!自分!と思うが
本気でやれないことなど何も楽しくはない。


2008年12月21日

北村家へ〜。
素敵な新居に行く。
手みやげはじいちゃんの野菜。
ベニーは私達の到着に大興奮してはしゃぎまくり!ハアハア・・
自分のできるようになったことを全てアピールしてくれた。
(「ちっち」と言ってトイレに連れて行くとか)

夕飯はチゲ鍋。
「チゲ鍋の定義は?」「チゲって鍋って意味だよ」「じゃあ鍋鍋だね」
というたわいのない会話が幸せだ。

そして夕飯を食べ終えたら何故か電気が消えて
ローソクに火のついたケーキが!
「ハッピバースディは〜じちゃ〜ん」
ろうそくを吹き消す。
「こんなの小学校ぶりくらいかも。でも・・嬉しいね。あがるね」
ベニーはまたまた大興奮。
「ふーふー」としきりに言っている。かわいい。

夜は夫妻の結婚式のビデオ鑑賞。
途中感動して何度か泣きそうになる・・うぅ
自分の式もいいものになるといいなあと思う。

ベニーは興奮が全く覚めずに
「眠ーい!!でも絶対寝たくなーい!!!」と
理不尽に怒りまくる。
こりゃあ大変だー。でも子供ってそんなもんなのだろう。


2008年12月20日

ohanaライブ。
正直ライブ会場で音楽にノリノリになれないんだよね。。
なんかねえダメなんだよなあ。(はじちゃんごめん)

だって演奏している方が絶対に楽しいもんねえ。
ああ私見るよりやる方が好きと強く思う。


2008年12月17日

いろんな準備をぼちぼちと進めている。
パネルに水張りしようかとおもったら
水張りテープが固まっていてできず・・

ネットで画材を購入。
また100号買っちゃったよー。
どうすんだー描きたい絵が山程あるよー
最近はでかくなくてもいいのかもとも思うのだが
どこまでもでかく!という気持ちもあるのよ。
やっかいだね。

先日初めてしみ外来(女医さん 美人)というものに行って来た。
そして自分の皮膚の下にあるしみまで見える写真を見てショック!!を受ける。
ちなみに妹に見せたら「ぎゃあああああぁああああぁあ!」と言い
彼に見せたら「うおぉおおおおおぉおお!!!」と言いました。
ひどいだろうなと予想は」していたのだが・・・
実際見ると・・現実って!怖いね!怖いね!
しかも全部数値で出るんだよー。茶色しみ何個とか(私は数百個あったよ 泣)
赤みはどうとか、毛穴は何個とかさ。
年齢の平均値との差もわかって、私はやはり人よりもかなり多い。

私は皮膚が弱くなっているので
レーザー治療(高くてできませんが)やピーリングはなし。
一番安い塗り薬をもらう「これは何?」と聞くと
「漂白剤です」と言われる。漂白ですか・・・

あとは、日常気をつけることを聞く。
「SPF30以上の日焼け止めを毎日つけて下さい。
お昼に一度塗り変えてね。」
(いつも思うのだが、化粧をしている時に
日焼け止めを塗り替えるってどうやるの?)
「上から塗ればいいんで」ってそれがわからないんだが。
しかも日焼け止めの上って化粧のらなくて困るのだが。。

いつもはそんなの面倒だよー
と思うのだがあの衝撃写真を見せられた後だと
「何でもやりますごめんなさい(?)」という気持ちになる。
怖くて薬局でいつもより高めの日焼け止めとか買って帰る。
ああでもこういうやりかただとお金ある人は
高い化粧品やレーザー治療とかやってしまうよなあ・・などと思う。

そして私は毎日漂白しております。


2008年12月10日

6日、竹井さんとこれからの活動について話し合い。
来年の予定がほぼ立った感じ。
面白くなりそうだー。
やるぞぅ。
大塚さんに退職祝いを渡す。
これからイバラの道に進むのね・・幸あれ!
藤田さんと二人で
「たまに会うとドキドキしちゃいますね・・」
と言い合う。

その後、蜷川実花写真展へ。
パワーをもらう。うおー。

7日、はじめちゃんのご両親と買い物などなど。
平和だ・・いい天気だった。
私は東京という街が好きだ。

そしてそれから数日間。
もじょもじょといろんなことを考えていたら
なんだかわけがわからなくなってきて
(私何をやればいい?何をやればいい?わたわたうろうろ)
よくわからないがいろんな画材とかぶちまけてみたりして
ぷちパニック状態になってしまいこれはまずいと思う。
部屋の掃除やら雑務をこなして
やるべきことをとにかく全部箇条書きしてみる。
すると順番が見えてきて、やっとこさ落ち着く。

母ちゃんがじいちゃんの作った無農薬野菜を届けてくれる。
じいちゃん八百屋やればいいのになあ。
しかし野菜は時期があって一気にできるので
白菜10個とかさ・・大根10本とかさ・・さつまいも段ボールいっぱいとかさ・・
どうすんべ。
(うちにきたのはそのうち一部だが)
でも本当にありがたい。
そして美味しい!!
虫を取るのも苦にならないぜ。
これはもう大地宅配だね。。

竹井さんとの話しの中で世界がどれだけ不況なのかを聞き
日本人が一番のほほんとしているというのを知る。
それがいいことなのか悪いことなのかすら私にはわからない。
ただテレビなどで不況不況と言われると
お金お金って言われているようでなんとも切ない・・
これからどうなるんだろうなあ世界。
平和がいいなあ、平和が。

しかし不況の中ですが物入りで、散財中。。
家計簿ってレコーディングダイエットと同じ効果があるのね。
お金、使ってるなあ
必要だから使うんだけどね。
買い物って、楽しいよね。


2008年12月4日

美容院へ行く。あまりにぼさぼさなので。
一年ぶり?くらいに行くのでちょっと奮発して高いトリートメント。
なにやら普通のトリートメントのように表面をコーティングするのではなく
髪の内部にまで浸透させるやつらしい。
なので色とかも入れられるらしい。(脱色は無理)
熱で効果が発揮されるのでドライヤーがんがんかけて下さいと言われる。
確かに髪の状態はよくなったように思うけど値段が高いなあ。

ちゃんとヘアアイロンでセットされた髪で帰ったら
「それかつら?」と言われた。