2008年9月22日
昨日は個展の最終日だった。
今回の展示は本当に沢山の方が見に来てくださった。
ずっとこのような個展を開きたかったので嬉しい。
久しぶりに会場に行って
皆さんから頂いたお菓子の山にびっくりする。
雨の中来てくれた人とお話をしたりして
だんだんと終わりの時間が近付く。
梱包が始まると慣れたスタッフさんとはじちゃんの
ハイパーパワーでじゃんじゃん片付けが進む進む。。
私はしゃがむ姿勢が厳しいので椅子に座って
その光景をぼおっと見ている。
テキパキと終わって、雨が小雨になるのを待つ。
その間に頂いたプリン、マカロンをみんなで食べる。
「甘いものが染み渡ります・・」
雨が弱くなったので絵を車に積み込む。
ああ終わっちゃったなあ〜と思う。
特に大きなトラブルもなく無事に終わって良かった。
ギャラリーの方に挨拶をして
(トイレに行ったら携帯電話をトイレに落した・・これが一番のトラブルか?)
静岡に帰る。
帰り道は所々すごい豪雨で雷がビカビカしていて
「まるで夢みたいだね」「そうだね」と言い合いながら帰る。
今日は頂いたお菓子を整理したり
芳名帳を見直したりしている。
あ、電話は無事に復活しました!よかったよぅ。
2008年9月19日
病院で検査、診察。
炎症反応が下がっていてほっとする。
パソコンの調子が悪くてついにダメかもしれない。
ブツッといきなり切れるようになってきた。
8年くらい使っているからもう寿命なのかなあ・・・
2008年9月18日
バーナーワーク最終日。
やっと楽しいと思えるようになった時点で終了。
教室自体はずっとやっているので
また機会があったら通ってみたいなあ。
ガラスの世界もとても奥が深かった。。
2008年9月17日
瑞穂さんとデート
美味しいイタリアンを食べながら
結婚式の話しや、体や病院の話しや、家族の話しをする。
お会計をする時にマダムが創作についての話しかけてきた。
手を動かすことの意義?みたいなものって
やっぱり人それぞれなんだな・・
あとどんな夫婦にもルールってあるんだな・・・
ムッシュについてとても詳しくなった。
その後お茶をする。
そこでもまたおしゃべりは止まらず・・・
結局6時間くらい話しっぱなし。
瑞穂さんと同じ病室に入院していた時には
みんな若い女性で、病院とは思えない程
消灯時間過ぎてもきゃあきゃあ喋っていたっけなあ・・
(あまりに楽しそうだからお菓子持って遊びに行こうか
と思ったよ。と隣のおじさんが言っていたっけ)
そしてその話しをすることにきっととても救われていたんだわ
と今になってまた気が付くのだ。
2008年9月15日
音楽のライブに行ったりすると
確かに楽しいんだけど
正直どのようにそこにいていいのかわからなくなる。
聞くよりもやる方が絶対楽しい。
とてもおこがましい言い方だけど
私は「受けとる」側じゃないのかもしれない。
人の作品を見て影響や刺激を受けたりはするけれど
じゃあ楽しいか?っていうと
そこまでの作品は本当に稀だ。
(作り手視線で見ちゃうから楽しくないのかね)
楽しいって何だっけか・・そんなことを思う。
昔はどんなことでも楽しかったんだけどなあ
あの手放しで楽しい!っていうのもうなくなっちゃったのかなあ。
病気になってから変わってしまったのかな。
いつでも足枷がある感じ?
いつでも怖くてたまらない。
自分の体が信じられないのは
自分を信じられないことと同じなのかもしれない。
数時間後の自分の状態すら予測できない。
生まれてきた時から今のような体だったら
どうだっただろうな。
ああもう走れないとか
思わずにすんだだろうか?
私はいいや・・と思ってしまう。
楽しさって時間と同じで自分で作るものだから
きっと楽しませられない自分がいるだけなのも
わかっているんだけどね。
楽しいと自分で思わせないとならないなんて
そんな馬鹿なって感じだけど・・
そんな「楽しむってなんだ?」とか考えずに
毎日を送っていたそんな日々は
もうこないのかな・・・と思ったら
切なくなってしまったのでした。
調子が悪いと切ないことばかり考えるねえ。
2008年9月13日
招かれた結婚式へ行く。
とにかくゴージャスで
こだわってこだわって作られた結婚式だった。
ああ人生の物語りの一つなのね・・思う。
新郎と一緒にお風呂に入った中なので(いとこだからね)
何だか感慨深かった。
そして人の結婚式を見て
自分の式で何をやりたいのかがはっきりしてきた。
2008年9月11日
吹きガラスをやる。
簡易的な炉を初めて見た。
でもすごい温度!
体調いまいちで望んだら
フゥー!っと吹く段階で酸欠だか貧血だかを起こしてしまい
途中でギブアップ。。
残りを先生にやってもらう・・
生徒さんみんなに心配されて
ああ・・不甲斐ないなあ・・とほほと思う。
2008年9月9日
ここのところ一ヵ月くらい神経痛に悩まされている。
先月あまりの痛さに救急車を呼びそうになってからずっとすっきりしない。
ストレスがたまると虫歯でもないのに歯が痛くなるのと近いかも。
今までも何度かあったのだがあまりの痛さに息ができず
病院に駆け込んで検査するも
私に起こることが考えられる
肺に穴が空いたわけでもなく、心筋梗塞でもなく・・
「やっぱり神経痛かなあ・・」となるわけだ。
神経痛に痛み止めはあまり効かないらしいのだが
あまりに痛いのでどでかい痛み止めの注射を打ってみたりした。
神経痛は神経の通っている全身どこにでてもおかしくなく
治療法もこれといったものがないそうだ。
展示が始まるまではストレスかかっているから仕方ないかなあ
と思い、オープニングを無事に終えて家に帰ってからも
おとなーしくしているのに・・あまり改善されず・・・
ここ半年でだんだんと体重が落ちていってしまったのがいけないのかなとか
運動不足も悪いよな 姿勢が悪いのが一番悪いって言われたな・・
とか悶々と考える。
どこかが痛いとそれだけで嬉しいニュースが来ても
不安ばかりが先立ってしまい喜べず辛い。
お風呂に入ると楽になるので
とにかく温めたりしている。
2008年9月8日
3日4日と2日続けて搬入。
私は「もうちょっと上」とか指事を出すだけで
あとはギャラリーの方(みな若く可愛い女子)が
てきぱきと仕事をしてくれた。
だんだんと自分の絵が飾られていく。
創作している時は一点しか見えていないので
(他は全てしまってあるので)
こうして沢山の作品が一度に現れるのが不思議な感じだ。
過去の作品達を見ると
「ああ!今ならもっとうまく描けるのに!」
と思ってしまう。
思ってしまうあたりまだ成長できるということでいいとしよう・・
もっとぎゅうぎゅうになるかと思っていたけれど
すっきりと展示ができたと思う。
5日はレセプションのことを考えて
夕方頃ギャラリーに顔を出す。
電車に久しぶりに乗る。
知らない人と密室な空間にいるというのが
ここのところないので新鮮に感じる。
東京だとただそこにいるだけで
知らない人がわんさか近くにいるので
いい意味でも悪い意味でもくらくらする。
ギャラリーに着くともう帳簿に記帳がしてあったり
いろんな方からお花が届いたりしている。
本当にありがたいことです・・・
東京に丁度用事が重なって
来てくれることになった北海道の河崎さん。
本当にミラクルだわ・・御縁って不思議だ・・
きちんと御会いできて話しも出来てよかった。
レセプションも始まって、賑やかになる。
静岡からのお客さんが多くて嬉しい。
わざわざ!足を運んでもらうというのは
すごいことだよなあと自分のことながら思う。
そして感謝の気持ちでいっぱいになって
ギャラリーの方の作ってくれた美味しい料理をもぐもぐ食べ
ぼおっとしていたら水町さんを紹介するのを忘れる・・
人を紹介されても私は口下手で緊張やさんなので
思考回路が止まってしまって
話しがはずまない・・・
その点柚木さんはガンガン話しかけていて
すげえなあ〜と感心しまくる。
お客さんがみんな家路についたところで
ギャラリーから事務所へ移動してまた食べる。
竹井さんの韓国土産の松茸をホットプレートで豪快に焼いたり。
いい匂いのウォッカを舐めたら口の中が痛くなったり。
お好み焼きを焼く時になったら竹井さんが立ち上がったのがおかしかった。
やはり関西人はお好み焼きに熱いんだ・・
フォトグラファーの方や美術作家さんの創作の話しも興味深かったけれど
それよりも普通の会話でそこにいた人達の感じが少しわかった気がする。
みんな個性があって魅力的。。
自分が存在すると面倒なので透明人間になってこの楽しい会話を
ずっと聞いていられたらなあ・・そんなことを考える。
帰りの電車の中で「楽しかったね。よかったね。」と何度も言う。
それにしても東京は夜遅くても電車が混んでいるね。
車椅子スペースがあるのが女性専用車両ではじちゃんが困る・・
が我慢して乗ってくれる。ごめんね。
女性専用車両初めて乗ったけれど、本当に女性だけなんだねぇ。(当り前)
でも確かに楽だわ。何となく。
アダムとイブが禁断の果実を食べたばっかりに・・・とか
そんなことをぼおっと思う。
6日はお昼頃に井上さんの展示を見てからギャラリーへ。
(人生初代官山!おされな空気を吸ってみる・・)
ギャラリーの隣のカフェで食事。
ここのカフェはちゃんとしていて好きだ。
食べ物も一品一品きちんと作られている。
そしてオーナーさん?の着ている服が私好みー(自分に似合うかは別)
オーナーさんが私の絵を誉めてくれたので益々好きになる。単純。
ひろちんとパンダちゃん、
降旗くんや亀ちゃん、
ゆかちゃんとダーリンとゆかちゃんの妹さん
たえちとりさちゃん
などなどまたいろんな人と会えた。
「会う」っていいね。
帰りの車に乗ろうとしたところでえみっことも会えた!
ギリギリセーフでちょっとしか話せなかったけれど
顔が見られて声が聞けただけでこんなに嬉しいよ。
東名に乗って帰って来た。
夜の東名の景色が好きだ。
あのオレンジの光りは私の中で楽しい旅の思いでと直結している。
何かが終わってまた新しく何かが始まるような感じ。
サービスエリアでのご飯も好き。
別に美味しくなくてもいいのだ。(美味しいにこしたことはないが)
車の窓から景色を眺めながら
大事なのはやはり「人」なのだなと思う。
絵も大事だけれどもやはり何ごとも人が大事だ。
これから私はどこへ向かうのだろうなあとも思う。
井上さんと話しをしていて思ったのだが
彼女は作家として外国に招かれてそこに暮らしながら製作して
子供も育て・・・という私が少し前まで描いていた
「アーティストたるもの!」という生き方をしている。
話しを聞いたり、強い握手を感じながら
すごくかっこいいし憧れるけれども私の生き方ではないなあと思った。
どの生き方がいいとかそういう話しではもちろんない。
やっと自分の器がわかってきたというのかな・・
以前は展示などを行なう時にも両親や彼とずっと一緒にいたりするのが
かっこわるいというか、一人では何もできないのを見せてしまっているようで
嫌だった部分がある。
今はそんなのどうでもよくなって、できないものはできませんし
甘えてますが何か?という気持ちになってきた。
では自分の生き方って??
というでかい疑問が湧いてしまっているが
あまり考えないようにしよう・・
自分が「NO!」というものを拒否した生き方が私の生き方だろう。
これがいい!とかこうなりたい!というものもだんだん減ってきているようだし。
そんなことを思いながら家に帰って来る。
7日は泥のように眠る・・・ひたすら眠る・・・いくらでも眠れる・・・
そして今日8日は部屋の片付けをしたり
ももちゃんから借りたDVDを観たり
婚約祝いに頂いた炊飯器の説明書を読んだり
(最近の炊飯器は炊飯も「ふっくらもちもち」とか「しゃっきり」とか
5段階から選べたり、無洗米や玄米専用の炊き方があったりとか、
玄米のギャバを増やす玄米活性という炊き方があったりとか
ケーキが焼けたりとかお粥ができたりとか・・すごいね。7段圧力!
ちなみにはじパパからのプレゼントです・・血ですな。)
途中でストップしていたリリーフランキーの「東京タワー」を
ぼろんぼろん泣きながら読み終えて
「ああ親孝行せにゃあなあ・・」と思ったり。単純。
個展の準備で慌ただしかった時には感じられなかった
一日の時の移り変わりをちゃんと感じて
私にはこういう時がちゃんと必要なのだ・・と痛く思った。
はてさてこれからどうしましょうか。
2008年9月2日
ついに明日から搬入だ。
展示の準備をしていて改めて思ったのだが
私の体はストレスが少しでも加わるととたんにダメになるということだ。
今回も危うく救急車を呼ぶところだった・・
こんなんではいけないというよりは、これはもう仕方がないのかも。
何とかギリギリ倒れないくらいを保ちつつ展示を行なうのか
それとも発表するのを辞めるのかということだろうか?
いや、もっといい方法はきっとあるのだろうけれど
私の性質上それができないというか・・・
できるようになってやる・・・うぅ・・
例えば今回も作品の数は十分にあって、もう新しいのを作らなくても
展示自体はできたのだ。
だけど新しい作品があのギャラリーに展示してある姿が見えて
しまったのでもうそうなると飾らずにはいられなくなってしまう。
直したいなあと思っている作品をそのまま出すのは許せないので
納得いくまで描き直す。
それは作家として当り前の姿勢だと思っている。
病院ででっかい痛み止めの注射をしながら
もう何をやっているんだ私は・・といつも思うことをまた考える。
薬をいっぱいもらって、仕方なく飲みつつ休みつつ作業。
昔は何にも感じずに効いているのかいないのかもよくわかっていなかった。
というのは今は体にもっと敏感になろうと思って
こういう時はこうなって、この薬を飲むとこうなると感じようとしているから。
痛み止めを飲むとぼおっとするのと少し悲しくなる。手足がとても冷える。
実は作業の量的には普段と変わらない量をこなしているのだ。
ただ「展示」というプレッシャーがかかるだけで
体のいろんなところは膿んでくるし、神経痛があちこち出てくるし
精神的にも不安定になっている。
ああ私ってすごく弱いんだと気がつく・・・繊細過ぎだ!
大丈夫だと勘違いしてしまう頭とのアンバランスがいけない。
これだけ気がつけているだけ少しはましになってきたのだが。
生きるというのは難しい。
もっと「もういい!」って切ってしまうことができたら
もう少し生きやすくなるのだろうか?
私はどうしようもないくらいのやりたがりで
何でも自分でやらないと気がすまないところがあって
この一回の人生では到底やりきれない量のことがきっとやりたいのだ。
やりたいというよりは「やらなければならない」という脅迫観念に近い。
どうしてそうなのかはわからない。
あの「やらなければならない」スイッチをうまくコントロールできる
ようになりたいものだ。
いつも同じことを同じように書いているなあ。
展示の案内をいろいろな人に送る。
返事も返ってきたりして、御無沙汰になっていた人のその後の人生を知ったり。
今その人が考えていること感じていることを思ってみたり。
「展示を見にきて!」という気持ちももちろんあるのだが
それよりも「私まだ生きてますよー」というのを知らせる手段なのかなとも思う。
大きい作品はすでにギャラリーに届いているし
あとは明日無事に作品と一緒にギャラリーへ行って展示をすればいい。
いいイメージが湧いているので何ごともなければ
いい展示にできると思う。
こうやって日記を書いている時間もあることだし。。
展示の設計図も描いてあることだし・・・
でも何故だか心配なのだ。これが緊張というものか。
他にもいろいろ書こうと思っていたことはあるのだが
思い出せないよ。
9月に入って光りの感じが秋になってきた。
空も高くなってきた。
夕方には虫の鳴き声が響く。
日が入るのが早くなった。
雨になると寒い。
時間は確実に進んでいて
私も年を取っていく。