2011年4月

「希望」というものについて考えたりしている。
「希望」というテーマの雑誌に載せる絵を描いているからだ。

私にとっての「希望」って一体何だろうなあ・・
そもそも「希望」って何だろうなあ・・・

光のようなイメージはある。
だけどそれはイメージでしかない。
一枚の映像にしたらこんな感じ?というものだ。

だけど人生は一瞬でできているわけではない。
ずっと繋がっていて、多様なものを一度に含んでいる。

含んでいるものは体の状態であったり、感情であったりする。
どの状態の時にも一言で言い表せるものではなく
「悲しいけど嬉しい」
「楽しいけど寂しい」
「体調は悪いけど心地よい」・・・
本当に複雑だ。

自分だけではなく、周りの影響も受ける。
あの人の言葉を聞いたらこんな感情になった。
天気のせいで体調が変わった。。

そしてそれは「今」の状態である。

「希望」って未来にあるようなイメージだけれど
本当は今の中にあるのかもしれない。

「不安」って未来のことを考えた時にうまれてくる。
私は「不安」を生み出すのはとても得意だ。
自分が自分で嫌になってしまうくらいだ。
ポジティブってなんだ?
リラックスってどうやるの??

じゃあ「絶望」ってなんだろう?
今まで辛かった時にも「絶望しかない」時ってなかったのかも。
だから今こうして生きているんだと思う。
(気持ちは「絶望」してなかったけど身体が死んじゃいそうな時はありましたが)


「不安」も「絶望」も自分で生み出している。
では「希望」も?
きっとそうなんだろうな。
全て自分の中にある。

私のお腹には今もう一つの命がある。
毎日もじょもじょと動いている。

妊娠は「希望」か?
そりゃあそうだ、新しい命、なんてワンダフル!ミラクル!

でも実際はつわりでげえげえ吐く吐く、
医者には怖いこといっぱい言われる、
ちゃんと健康な子が産まれるかどうか不安、
体重が増えてきて股関節はつぶれる、
出産に病気の身体が耐えられるか
育児ってどれほど大変なんだろうか・・

異常な眠さや、3秒前のことを忘れてしまう、
息が切れて不安が襲ってくる・・
動けない自分がダメな存在に思える。
増血剤をがっつり打ったら良くなった。
鉄分→赤血球→酸素不足。
私の身体で感じることは
世界で起こっていることと
全く関係なかったりする。

嬉しい楽しいことだけではない。
いろんな面を含んでいるのだ。

つまり「現実」ってやつだな。

「希望」も「不安」も「絶望」も全部イメージなのかも。

毎日は「現実」の中で、生々しく過ぎている。

先日何気なくテレビを見ていたら
ナホバ族の人たちがでていた。
レポーターの人が「死」についてきいたら
「死について語らない。死ぬ瞬間まで生きているのだから。」
というようなことを言っていて、
ああ、そうだよなあ・・と思った。


私の中の「希望」って、「今」という「現実」そのものらしい。
こう書くと何だかとってもロマン?がないが・・
絶対死ぬのに懸命に生きる、それって希望だと思う。
そして今私は生きている。
それが希望なんだと思う。

私は絵を描く。
「生命力」は私がずーっと描き続けているもので
結局大事なことって変わらないのね。。
いつもと同じことを同じように描いている。
でもこれが私のやることなんだろう。